Man with surfboard

要旨

  • 米連邦準備制度理事会(FRB)は3月の連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利を据え置いたが、米国の政策と経済の不確実性が高まる中で平静さを取り繕っているようにも伺える。FRBは依然として金利を引き下げる機会を模索していると見ている。
  • 米国外でもかなりの不確実性が存在する。ドイツ、フランス、およびその他のユーロ圏諸国は、防衛やインフラへの支出を増やすことを検討しており、中国も財政支出の増加を視野に入れている。
  • 米国の輸入品に対する追加関税は、インフレの加速とGDPの悪化をもたらすと予想されるが、米国の家計および企業はこれらに直面しても耐えうる健全な状態にあると考える。 
  • 当チームは、トレンドを下回る成長をメインシナリオとし、予想発生確率を60%に引き上げた。一方で、米国の財政政策の不透明感によって消費者と企業のセンチメントは悪化しており、トレンドを上回る成長の可能性を10%に引き下げた。マイナス成長の可能性は増加したが、依然として低い発生確率に留めた(景気後退と危機の発生確率は合わせて30%)。 
  • このような環境下、当チームでは、米国および英国の国債を通じてデュレーションを積み増す戦略のほか、新興国債券の現地通貨建てソブリン債、短期の証券化クレジットを選好する。クレジットに関しては、より高い格付けの銘柄にシフトするかポジションを削減して、リスク感応度を抑制をする方針を取る。

 

当チームの3月の四半期投資戦略会議(IQ)は、FOMCでFRBが金利を据え置いた翌日にニューヨークで開催された。FRBは、トランプ政権の政策による混乱とボラティリティの高まりの中で、金融政策は適切な位置にあるということを必死に伝えようしており、昨年12月に開催された前回のIQにおける当チームの予想とは異なっていた。当時は、政府が株式市場の動向を評価指標に定め、経済成長を促す政策に取り組むだろうと考えていた。

我々は貿易や移民政策によって市場にある程度の混乱が生じる可能性は前回から予想していたが、その後に大幅な規制緩和と財政拡大が続くものと考えていた。また、政策が適切に順序立てられて調整され、市場の安全網として機能するものと予想していたのである。しかし、蓋を開けてみると我々もFRBも、「全てのことが、あらゆる場所で、一度に(everything, everywhere, all at once)」起こりうるという状況に直面している。

この状況を踏まえて、当チームは、急速に変化するマクロ経済に対していかに迅速に適応するかということに焦点を移す必要があると感じた。我々は、何が起こるかを完全に予測することはできないが、経済と市場を深く掘り下げることで変化に耐えうる能力を有しているか判断する必要があった。政策の転換期を迎えている国は米国だけではない。ドイツは、約1世紀にわたる緊縮財政を転換させ、財政支出を開始しようとしており、中国も財政支出の増加を検討している。加えて、様々な国で米国の関税政策に対抗するために独自の報復関税を課す準備を整えている。

変動と混乱の中で、我々は投資先について幅広いアイデアを議論した。しかし、ボラティリティが高止まりする可能性が高いことは疑う余地がない—そしてそれがトランプ大統領の任期であるあと3年10ヶ月の間続くという可能性も考えられる。

マクロ経済の動向

世界的な貿易戦争の激化はスタグフレーションを引き起こす可能性があると懸念されるが、企業と家計が健全な状態にあり、不況に一定程度耐えられそうであるという点は良いニュースである。米国のGDP成長率は2%に近い水準で、インフレは2%台半ばで推移している。最終的には、米国の輸入品に対する実効関税率は平均で約10%くらいにまで上昇し、その結果としてGDPは少なくとも1%減少しインフレは一時的に約3%に上昇すると見ている。

これは経済の組み合わせとして好ましくないものの、インフレの影響が一時的である限り、FRBが追加利下げによって需要を支えることで景気後退には至らないと期待される。失業率も賃金成長率も約4%で推移しているため、家計は良好な状態にあると言える。

米国企業も関税に耐えることができると見ている。企業は、コストの増加分を吸収しつつ一部は消費者に転嫁するなど、対応策は複数あると考えている。収益とEBITDA*の成長率は2024年第4四半期にそれぞれ2.6%と5.0%と安定しており、営業利益率は依然として15%と比較的高い状態である。

我々のベースシナリオでは、関税により収益とEBITDA成長率はそれぞれ2.3%と2.5%に低下する可能性があるが、理想的ではないものの対処可能な範囲と見ている。加えて、企業と家計が我々の予想よりも強い圧力にさらされる場合であっても、FRBは金利を引き下げて関税戦争の影響を緩和できる余地があることからも、現時点では、米国経済は嵐がやってきても耐えることができると考えている。

また、米ドルの例外主義もピークを過ぎたように見える。FRBが2023年に利上げを終了し、2024年に利下げを開始して以来、投資家は米ドルの強さが剥落していくことを期待していた。しかし、米ドルの代替となる準備通貨がなく米国経済も堅調であったことから、米ドルは下支えされ続けていた。振り返ってみると、コロナ禍の企業支援急増による約10兆ドルもの財政支出により、他国よりも高い成長率をもたらした。

例えば、ドイツの一人当たりGDPは、2008年には米国の95%であったのが今日では66%に低下した。米国が自国に過剰投資してきたといえるかもしれないが、一方で、多くの国において自国への投資が不足してきたことは明らかである。しかし、フランス、ドイツ、およびより幅広いユーロ圏が新たな防衛とインフラに関する計画を通じて借入、支出、および経済刺激を検討していることから、この状況は確実に変化しているように思われる。

関税政策の規模と期間がより明確になるまで、FRBが政策金利を据え置くことは正しいと我々は考える。と同時に彼らは、政府効率化省(DOGE)が連邦政府に与える影響と、その影響を州および地方政府が受け皿としてどのように吸収するかを考慮する必要がある。

それでもなお、FRBは金利を引き下げる機会を模索しているという。直近の経済見通しでは、経済の下振れリスクと先行きの不確実性を強調している。FRBは中立金利が4%よりも3%に近いと考えている。我々は、FRBが今年2回の利下げによって政策金利を3.875%まで引き下げ、米国10年債は4%前後(3.75%から4.50%)の範囲に落ち着くと予想している。

シナリオ見通し

トレンドを上回る成長の発生確率は40%から10%に引き下げた。トランプ政権下では大幅な財政拡大の余地はほとんど残されておらず、減税分は財政支出の抑制によって相殺され、経済が再加速するリスクは限定的であると見ている。また、トレンドを下回る成長は40%から60%に引き上げた。4月2日に発表予定の関税引き上げによって、消費者と企業のセンチメントはすでに悪化しており、経済が緩やかに減速する可能性が高まっているからである。景気後退は10%から20%に引き上げ、政策エラーの可能性を反映している。危機の発生確率は10%で前回から変更しなかった。関税戦争、大統領令、中央銀行を巡る動向がそれぞれ流動的で、実行可能性のリスクが高まっている。

リスク

テールリスクとしての景気後退リスクは、急な経済再加速のリスクよりも大きいと見ている。もし政権が現状の貿易条件が不公平であり、経済的影響を無視してでも再均衡されるべきであるという信念を持っている場合、報復措置と全面的な貿易戦争が引き起こされる可能性がある。

さらに、DOGEによるコスト削減は意図しないドミノ効果を引き起こしている可能性がある。連邦政府の労働者とプログラムの削減により、州および地方政府に負担が転嫁されている。もし連邦補助金がない場合、職員数も削減せざるを得ないかもしれない。政府を縮小する意図にはプラスの面もあるものの、パンデミックの開始以来、州および地方政府の雇用、教育および医療セクターの相互依存が労働市場を支えてきたことを忘れてはならない。

経済とインフレの再加速リスクは非常に低いが、ゼロではないと考える。経済にはまだ多くの資金が流れており、関税政策の巻き戻しと議会で交渉される財政支出の組み合わせが事態を悪化させる可能性が残っている。インフレ抑制のためにFRBが金利を引き上げなければならなくなるシナリオに市場は備えていないだろう。

債券投資戦略への示唆

当チームが魅力的と考える投資アイディアの6割は、米国および英国の長期国債、もしくは新興国債券などを通じたデュレーションの積み増しが占めていた。景気後退に陥る可能性は低いと考えているため、クレジットに対するエクスポージャーをゼロにする予定はないものの、格付けを高めるか、ポジションを削減することでクレジットリスクへの感応度を低減させている。我々は米国および英国の5年、10年国債、新興国債券の現地通貨建てソブリン債、短期の証券化クレジットを最も選好する。他にもエージェンシー・モーゲージ担保証券、投資適格の銀行セクター債券、米ドルのショートも話題に挙がった。

まとめ

景気後退や危機を回避できる確率は70%と、前回のIQから引き続き高めとしたが、我々が置かれている状況は変わった。トレンドを下回るGDPとターゲットを上回るインフレにより、市場にとって苦しい状況が続くだろう。しかし、企業と市場は、関税が撤回される、もしくは交渉の余地があると期待しており、油断があるように見える。企業がコストの高騰にどのように対応し、労働力の削減を通じて利益を維持しようとするか、今後の動向を注視する必要がある。現時点では、我々は高格付けでデュレーションを長めに構えて、今後数ヶ月を待ちたいと考えている。

*EBITDA:企業価値評価の指標。利払い前・税引き前・減価償却前利益(Earnings before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)を指す。簡便には営業利益に減価償却費を加えて計算する。