airplane in clouds

要旨

  • ソフトランディングの成功を裏付ける多くのデータが発表され、景気拡大の確度が高まっている。J.P.モルガン・アセット・マネジメントのGFICC投資戦略チーム(以下「当チーム」)は、「トレンドを下回る成長(ソフトランディング)」の発生確率を70%に引き上げ、より確信度の高いメインシナリオとした。
  • かつての大規模な金融緩和が経済成長の下支えになっていることに鑑み、「トレンドを上回る成長」の確率は5%から15%に引き上げた。
  • 「景気後退(リセッション)」に陥る確率を30%から10%に引き下げ、「危機」に直面する確率については5%で前四半期から据え置いた。
  • 当チームが考える最大のリスクは、根強いインフレにより中央銀行が再度利上げを余儀なくされることである。大統領選挙により、今年の夏ごろにボラティリティが高まる可能性があることもリスクとして認識すべきだろう。
  • 当チームでは、主にクレジット資産の投資妙味に注目している。ハイ・イールド社債やレバレッジド・ローン、銀行や事業会社が発行するハイブリッド証券を選好している。年限の観点では、中期の投資適格社債の魅力度が高いと考える。また、一部の新興国ソブリン債、社債についても、見通しが改善すると考えている。

当チームの3月の四半期投資戦略会議(IQ)がニューヨークで開催されたのは、年初来米国経済が再度底堅さを見せる中、パウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長が昨年12月と同様のハト派的なメッセージで市場を驚かせた翌日であった。パウエルFRB議長の予想外にハト派的な姿勢からは、ここ数か月間の底堅い成長と根強いインフレを考慮してもなおFRBが利下げに転じる機会を探っていることが伺える。労働市場のひっ迫が落ち着きつつあり、長期的なディスインフレ基調が続いていることを示す兆候はいくつか見られたものの、依然としてコアインフレ率はFRBの目標である2%を上回っており、失業率は低い。これらのことから、FRBがすぐに金融緩和に転じるとは考えにくい、ということが示唆される。そのため、市場は当初、パウエルFRB議長のメッセージがよりタカ派的なトーンを帯びるのではと身構えていたが、FOMC後は引き続き2024年内に3回の利下げを織り込んでいる。

FRBはよくやった

今回のIQでは、ソフトランディングに成功するという見通しに対して懐疑的な視点からも検証したものの、実際にはどこを見ても成功を裏付ける証拠しか見つからなかった。ソフトランディングを実現したFRBは称賛に値する。少なくとも現時点では、かねてより熱望していたソフトランディングをやり遂げたのである。ならば次に議論すべきは、市場のどこに投資妙味があるか、ということだ。国債利回りは既にかなりの利下げを織り込んでおり、クレジット・スプレッドは歴史的に見ても最もタイトな水準まで縮小している。債券市場のリターン、および当チームの運用戦略における超過収益は年初来では概ね良好だが、2024年を通じてその勢いを維持する資産クラスを見つけるのは、一筋縄ではいかないだろう。

マクロ経済の動向

とは言うものの、経済がすべて順風満帆に進んでいるわけではない。失業率は27か月連続で4%を下回っているが、労働市場が着実に軟化していることを示すシグナルが複数あることにも注目すべきである。米労働省が発表するJOLTS(Job Openings and Labor Turnover Survey)のうち、離職率はパンデミック後の最低水準まで低下しており、転職の機会は減少している。また、全米自営業者連盟(National Federation of Independent Businesses)によれば、今後の雇用計画はパンデミック前の水準を下回っている。ベバリッジ曲線は、労働供給(移民と労働参加)が増加するにつれて求人数が急減することを示唆しているものの、同時に失業率の上昇が目前に迫っている可能性があることを示している。このような労働市場の緩みはインフレの抑制に寄与する一方で、過度に軟化した場合には景気後退の可能性が高まる。今後数四半期にわたって、間違いなくFRBは失業率と賃金の動向に注目することだろう。

ただし、今のところは上記のような懸念よりも景気拡大への確度の高まりの方が優勢である。民間部門の強固なバランスシートや欧州での実質所得の回復、中国での景気刺激策が持続的な成長に貢献している。企業や家計は世界的かつ急速な金利上昇に対応できており、旅行やレジャーへの消費が堅調に推移するだけでなく、住宅販売は上向き、製造業は回復すると予想される。

また、中央銀行による大規模な金融引き締めが、自動的に景気後退を引き起こすわけではないということをここ数年間で再認識させられた。しかし、市場全体には脆弱性が生じ、経済はショックに対して不安定になっている。過去2年間に発生したいくつかのショックは、いずれも迅速かつ大規模で、効果的な政策対応により処理された。政策金利が利上げサイクルのピークをつけて以降、8か月もの時間が経った今、緩やかな成長とインフレの鈍化が続いているため、FRBは今年の中ごろには利下げに舵を切れるはずだと考える。

シナリオ見通し

今回、「トレンドを下回る成長(ソフトランディング)」の発生確率を60%から70%に引き上げ、当チームのより確信度の高いメインシナリオとした。ほぼすべての経済指標が、世界経済のインフレ率が2%へと低下し、成長率が過去のトレンドに向かって上昇しつつあることを示す中、G10の中央銀行が夏までに利下げに転じようとしている姿は1995年のソフトランディングを思い出させる。当時と同じように、米国の成長率が引き続きトレンドの約2%に向かって上昇し、インフレ率についてもFRBの目標近くまで低下する可能性は高いといえる。

トレンドを上回る成長」の確率は5%から15%に引き上げた。このシナリオでは、かつての大規模な金融緩和が今もなお成長の下支えになっていることを十分に理解しなければならない。企業収益は堅調で、完全雇用の中で消費者は消費を続けており、中国経済の回復や住宅・製造業の復調により米国経済が刺激されれば、成長率はトレンドを上回り、インフレ率も2%を大きく上回るだろう。

経済が下振れる確率は、トレンドを上回る成長の発生確率と同等の15%とした。「景気後退(リセッション)」の確率は30%から10%に引き下げ、「危機」の確率は5%に据え置いた。金融引き締めの時間差効果は、長期的かつどれほどの遅れを伴って実体経済に到来するかが不透明であり、中央銀行の利下げが遅れれば、景気後退に陥る可能性がある。経済システムには依然として資金調達コストの上昇による下押し圧力がかかっており、ショックに対する脆弱性が高まっていると考えられる。

リスク

最大のリスクは、根強いインフレにより中央銀行が再度利上げを余儀なくされることだ。これが現実となれば、金融環境はひっ迫し、資産価格は暴落するだろう。今のところ、市場参加者は足元で予想を上回るインフレ指標が続いていることを無視しているが、この傾向が止まらず、価格上昇が賃金上昇を呼び、賃金上昇が価格上昇を招くというスパイラルへの懸念が再燃すれば、中央銀行は積極的に金融引き締めを行わざるを得ないだろう。

また、年末には米大統領選挙が待ち構えている。議会が分裂するかどうか、あるいは各政党からどのような政策が打ち出されるかを判断するのは時期尚早だが、市場のボラティリティは夏にかけて確実に高まるだろう。

最後に、私たちはFRBのバランスシートにも注目している。準備預金の増減と資産価格の上昇・下落との間に関係性があることを認識しており、準備預金が減少し、翌日物リバースレポ・ファシリティ残高の枯渇が続くことによって、リスク資産にとって逆風の環境になる可能性があると考える。

債券投資戦略への示唆

ソフトランディングへの確度が高まるにつれて、当チームではクレジット資産の投資妙味への注目度が高まっている。クレジット・スプレッドは歴史的に見ても最もタイトな水準まで縮小しているが、今後さらに縮小し、その状態が何年も続く可能性さえあると考えている。例えば、2004年から2007年にかけて、米国の投資適格社債のクレジット・スプレッドは国債に対して80~100 bpsのレンジで推移したほか、ハイ・イールド社債のクレジット・スプレッドは300 bps前後で取引され、最も縮小した時には250 bps未満であった。

さらに、プライベート・クレジット市場の発達により、パブリックなクレジット市場には余裕があるように見える。信用状況の悪い多くの企業がプライベート・クレジット市場に群がることにより、パブリックなクレジット市場は以前に比べ、信用状況が良好で、「高品質」になっている。当チームが投資妙味が高いと考えたアイデアの中には、ハイ・イールド社債、レバレッジド・ローン、銀行や事業会社のハイブリッド証券、今後イールド・カーブがスティープ化することでキャピタル・ゲインが期待できる中期の投資適格社債などがあった。

新興国債券についても、ディスインフレや中央銀行が順調に金融緩和を進めていることを背景に人気があった。中国では苦戦が続いているように見えるが、トルコやインドネシア、コスタリカなど、これらにとどまらず多くの国が格上げされると予想しており、インドやメキシコなどのより規模の大きい国でも経済が加速すると見ている。新興国の企業もほとんどが健全なバランスシートを維持していると見られ、先進国・新興国の垣根を超えたクレジット資産への投資機会を提供している。

先進国国債については、デュレーションを小幅オーバーウェイトとし、テールリスクに対する備えとしてスティープナーを選好しつつ、長期金利が上昇する局面では更なる金利エクスポージャーの積み増しを検討したい。ただし、中央銀行による利下げ見通しの多くは既に市場に織り込まれているようだ。

まとめ

利下げの兆しが見える中でのソフトランディングは、資産価格上昇のこの上ない材料といえる。一部では既に価格が上昇しているものの、マネー・マーケット・ファンドに現金が積み上がっていることを考えると、ひとたびFRBが利下げを開始すれば今後さらに資産価格が上昇する可能性があると見る。ソフトランディングに導くことは中央銀行にとって極めて困難であるが、今のところ彼らはそれをやり遂げたのであり、今後も市場に大きな恩恵をもたらし続けるだろう。

シナリオの発生確率と投資への影響:2024年第2四半期

四半期投資戦略会議では、J.P.モルガンのGFICC全体のリード・ポートフォリオ・マネジャーと各セクター担当者が集まり、債券市場に関して議論を尽くす。

その中で、マクロ経済および各セクターを、ファンダメンタルズ、定量、テクニカル(FQT)の3つの主要な観点で分析し、目先3~6か月の投資テーマの選定と、さまざまなシナリオごとのベスト・アイディアの立案を行う。以下の表は、各シナリオの見通し、それぞれの生起確率、および各シナリオがマクロ経済と金融市場に与える広範な影響をまとめたものである。