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要旨

  • J.P.モルガン・アセット・マネジメントのGFICC投資戦略チーム(以下「当チーム」)は、マクロ経済のソフトランディングを引き続きメインシナリオとし、「トレンドを下回る成長」の発生確率70%に据え置いた。中小企業や低所得世帯は物価上昇と利払い負担の増加による悪影響が懸念される一方で、金融環境の緩和と民間部門の強固なバランスシートに加え、財政政策により米国の多くのセクターが恩恵を受けると期待される。
  • 経済成長の再加速による上振れリスクと景気後退や危機などによる下振れリスクが起こる確率は、同程度と考える。景気後退(10%)または危機(5%)をもたらす下振れリスクの発生確率は15%とし、トレンドを上回る成長への上振れリスクも同じく15%と想定している。
  • 従来ソフトランディングを実現することは非常に難しいと考えられていたが、雇用とインフレに関する経済指標に落ち着きが見られれば、FRB(連邦準備制度理事会)は9月に利下げに踏み切ることができ、家計や企業へのプレッシャーを緩和できるようになると予想する。
  • 世界各地で予定されている選挙と、ポピュリズムの台頭による過度な財政出動が最大のリスクと見る。
  • 潤沢な流動性が資本市場を下支えし、クレジット資産の対国債スプレッドは安定的に推移すると考える。このような環境下、レバレッジド・ローン、AT1債やCoCo債などのハイブリッド証券、証券化商品、現地通貨建て新興国国債などを通じたキャリーの獲得を選好する。

当チームの6月の四半期投資戦略会議(IQ)は、何事もなく終わるはずだった連邦公開市場委員会(FOMC)会合の翌日にオハイオ州コロンバスで開催された。ところが今回のIQでは、「インフレ率が持続的に2%に向かっているという確信を強めるには、さらに良好なデータが必要である」として、5月消費者物価指数(CPI)から示唆された新しく重要なインフレデータを軽視しこれまでの見通しに固執したFRBに対処しなければならなくなった。

幸いなことにIQは見過ごすことはなかった。チームは丸一日を費やしてデータを精査し、世界経済全体で見られるさまざまな兆候を比較した。FRBはインフレの鎮静化や労働市場の軟化の前触れをより重視するだろうか?それとも、堅調な企業のファンダメンタルズや、インフラ、データセンター、人工知能(AI)、エネルギー転換などへの財政支出による成長の追い風に焦点を置くだろうか?

最終的には、現時点では相反するように見えるリアルタイムデータを、FOMCがどう解釈するか-によって利下げのタイミングが決定されるだろう。

夏休み

ソフトランディングへの道筋を掘り下げれば掘り下げるほど、相反する要素が多く見えてきた。ソフトランディングは中央銀行にとって実現が非常に難しいことで知られているが(過去50年間の間に米国でソフトランディングを実現したのは1995年のみ)、FRBはインフレなき成長という中央銀行の悲願を達成し、ソフトランディングを実現できたのかもしれない。

我々は今後数か月間のデータを注視しつつも、9月のFOMCまで現在のソフトランディングを受け入れ、束の間の夏休みを楽しむべきかもしれない。夏場は通常そのような展開にはならないものの、市場では年初来多くの波乱があった中、少しはリラックスしたいと考える投資家もいるだろう。

マクロ経済の動向

今回のIQで議論の中心となったのは、労働市場の複雑な状況である。非農業部門雇用者数の伸びが引き続き堅調となるようなきっかけはいくつか見られた。しかし一方で、我々は自主退職や求人数の減少、および失業率の上昇や賃金の伸びの鈍化にも注目した。労働統計局(BLS)が企業を対象とした最新の事業所調査(Current Employment Statistics、CES)によれば、3か月移動平均で約25万件の純新規雇用が創出され、平均時給は前年比4.1%上昇したとある。これは、依然としてコロナ以前の水準を上回っており、労働市場が堅調であることが示唆される。

一方で、BLSの家計調査(Current Population Survey、CPS)では、ある程度の軟化が示されている。失業率は今回の景気サイクルの最低水準である3.4%から4.0%に上昇しており、過去1年間の失業者数の増加数(53万2000人)は就業者数の増加数(37万6000人)を上回っている。他のいくつかの指標からも脆弱性がうかがえ、家計調査の弱さを裏付けている。参照した指標には、採用難の職種、報酬、雇用計画に関する中小企業の調査データ、離職率や求人率などの指標、そして全米産業審議会が行う調査の回答などが含まれる。 

グローバル社債運用チームからは、多くの業界が依然としてさまざまな財政政策による政府支出の恩恵を受けているため、EBITDAが改善し、米国企業は安定しているという報告を受けた。また、地方債運用チームからは、制定された法律(ARPA、IIJA、IRA、CHIPS)*による連邦政府の財政出動策3.9兆米ドルのうち、未だ半分程度しか支出されていないことを確認した。こうした状況を踏まえ、当チームは最終的に、労働市場はデータが示唆するよりもバランスが取れている可能性があり、ソフトランディングシナリオのサポート材料であると考えている。

また、ディスインフレのトレンドは定着しているように見える。足元で最新のCPIおよびPPIレポートからそれが確認できたうえ、細かく見てもより確信が持てる内容だった。ディスインフレトレンドの財からサービスへの移行は順調に進んでいるようである。インフレの最も粘着性の高い要素の1つである住宅については、過去1年間の家賃下落の時間差効果がデータに表れており、鎮静化に向かっているようだ。

加えて、中古住宅の販売は依然として鈍く、集合住宅の追加供給により帰属家賃も緩和されるはずであると考えている。また、移民に関するデータからは米国への年間330万人の移民流入が雇用市場に労働力を供給することが期待され、賃金の鈍化とディスインフレのシナリオにさらなる追い風をもたらすことが示唆される。他にも中国が全面的な経済回復に向かう中で、世界経済の生産能力が引き上げられることによるインフレ圧力の緩和が見込まれる。繰り返しになるが、これもソフトランディングシナリオのサポート材料であると見ている。

FRBは興味深い転換点を迎えている。中央銀行が歴史的に高い実質FF金利を維持する期間が長くなればなるほど、最終的な経済の下振れはより深刻になる可能性が高い。インフレが完全に2%の目標に到達するまで待つのはリスクが高すぎるように思われる。なぜなら、金融引き締めの時間差効果は、長期的かつ不確実性を伴いながら経済に本格的な打撃を与える可能性が高いからだ。1995年のソフトランディングにおいてカギとなったのは、FRBが企業や家計への圧力を十分に緩和するためにFF金利を75bps引き下げたことである。当チームは、FRBが今回も同様の措置を取り、今年9月に利下げに踏み切ると予想している。

シナリオ見通し

かなりの議論の末、当チームはシナリオの発生確率を据え置いた。トレンドを下回る成長/ソフトランディング(70%)は現在の経済動向であり、その行き先は中央銀行の手に委ねられている。足元、中小企業や低所得世帯が物価上昇や利払い負担増加による悪影響に苦しんでいる一方で、金融環境は緩和しつつあり、大企業の民間部門は強固なバランスシートを維持している。

経済成長の再加速による上振れリスクと、景気後退や危機などによる下振れリスクは、同程度と考える。発生確率15%とした経済の下振れリスク(景気後退(10%)危機(5%))は、2022年以降の利上げの規模に鑑みて、中央銀行の政策ミスが顕著なマイナス影響をもたらすことに留意している。そしてもちろん、アメリカをはじめとした今後の選挙や地政学的な不確実性も加味している。また、同じく発生確率15%とした上振れリスク(トレンドを上回る成長(15%))は、当チームが考えるよりも企業と家計が金融政策の引き締めをうまく乗り越えた可能性を考慮している。未だ支出されていない財政出動が今後行われれば、雇用と賃金の伸びが企業の高い増収ペースを助長し、経済の再加速を促進させるだろう。

リスク

世界各地で予定されている選挙と、ポピュリズムの台頭による過度な財政出動を最大のリスクと見る。バイデン氏またはトランプ氏のどちらが大統領になったとしても、統一議会ではない米国政府は減税と財政支出を政策に組み込むと思われる。支出を賄うための国債の増発や、経済成長およびインフレ指標の加速は、どちらも債券利回りを大幅に押し上げることに違いないだろう。そして英国やフランスでは解散総選挙が実施され、欧州でも同様の懸念が浮上し始めている。もしかするとこれは、現代貨幣理論(Modern Monetary Theory)は今や一般的に受け入れられているということなのかもしれない。また、政治権力による通商摩擦も大きなリスクだろう。

足元で続いている経済回復の強さを過小評価していないかということも、私たちが常に議論しているリスクである。消費は引き続き堅調さを保っており、インフレ率は中央銀行の目標を上回る状態を維持し、今後も財政支出は十分に行われる予定である。賃金と物価の上昇スパイラルが起これば、FRBは間違いなく利上げを再び検討しなければならないだろう。

債券投資戦略への示唆

通常、経済がトレンドに沿う成長とインフレが2%に向かって進むことはクレジット・リスクにとって好ましい状況であり、今回も例外ではない。クレジット・スプレッドが拡大することを期待する一方で、潤沢な待機資金が流入してくることによって、今後更にスプレッドを縮小させるだろう。このような環境下、当チームはレバレッジド・ローン、AT1債やCoCo債などのハイブリッド証券、証券化商品、現地通貨建て新興国国債などを通じたキャリーの獲得を選好する。また、逆イールドが解消され、今後徐々にスティープ化すると予想していることに加え、仮にテールシナリオが具現化した場合には急速なスティープ化が起きるリスクもあると考える。また、現在の米国10年債が織り込むFF金利の到達点は3.75%~4%程度だが、待機資金が債券投資へと向かうことで米国10年国債利回りは4%を下回る可能性がある。為替については、当チームは利下げ開始までは米ドルが強含むと予想する。

まとめ

ソフトランディングの持続に向けて、すべての状況が整った。あと数カ月の間データを注視すれば、FRBは政策金利の引き下げを開始するのに十分な根拠が得られるはずだ。現時点で最善の策は、ポートフォリオでキャリーを獲得しつつ、夏休みを楽しみ、FRBの利下げ準備が整った9月に戻ってくることだろう。

*米国救済計画法(ARPA)、インフラ投資・雇用法 (IIJA)、インフレ削減法 (IRA)、CHIPSプラス法 (CHIPS)