要旨
- 底堅い経済環境を背景に、当チームは景気拡大の発生確率を60%から80%に引き上げた。内訳としては、トレンドを上回る成長とトレンドを下回る成長をそれぞれ40%としている。一方で、景気縮小の発生確率は従来の40%から20%へと引き下げた。四半期投資戦略会議(Investment Quarterly:IQ)では、今回の景気拡大が生産性主導となるのか、あるいはインフレ圧力を伴うものとなるのかが主要な論点となった。
- 米連邦準備制度理事会(FRB)は、エネルギー価格の低下によるインフレの緩和と、設備投資の加速に伴う労働市場の逼迫の可能性を見極めるため、年末まで政策金利を3.625%で据え置くと想定している。この見通しの下、米国10年国債利回りは4.25%~4.625%のレンジで推移すると見ている。
- このような環境下、利回りおよびキャリーを重視したポートフォリオ構築に焦点を当てている。銀行ハイブリッド証券や偶発転換社債(CoCo債)は、市場の中でもリスク調整後リターンの観点で特に魅力的な投資対象と考える。また、企業のファンダメンタルズが堅調であることを背景にバンクローンを選好するほか、分散された利回りと信用補完を享受できる証券化クレジットや、高い実質利回りが魅力の新興国債券にも投資機会があると見ている。
J.P.モルガン・アセット・マネジメントのグローバル債券運用部門(以下、当チーム)の6月のIQは、中東における和平交渉が進展する中で、原油価格が低下に転じ、市場の関心が人工知能(AI)およびそのインフラ整備に必要なコストへと移行しつつあるタイミングで、米オハイオ州コロンバスにて開催された。セッション全体を通じての中心的なテーマの一つは、地政学的ショックや市場のナラティブが絶えず変化する中にあっても、経済や市場がいかに底堅さを維持してきたかという点であった。
過去3年間の中で繰り返し、経済および金融市場は、従来であれば景気後退に至っていた可能性の高い厳しいマクロ環境を乗り越えてきた。2022年から2023年にかけては、FRBが合計525ベーシスポイント(bps)の利上げを実施し、その後には地方銀行危機が発生した。2025年には、米政権の「解放の日」により、平均実効関税率が20%近くまで引き上げられた。さらに2026年には、米国・イスラエルとイランとの戦争を受けて、原油価格は50%以上上昇した。
過去の経験則に照らせば、これらの事象はいずれも景気後退確率が80%を超えるシナリオとして試算されるものであった。それにもかかわらず、企業および家計の回復力と柔軟性が景気縮小を回避してきた。当チームとしては、今回の局面には従来とは異なる要素があることを認識せざるを得ない。依然として市場に潤沢な資金が滞留していること(コロナ禍における景気刺激策としての給付金や量的緩和の影響)や、景気拡大を維持するために政策当局が進んで迅速な対応に臨んだことが、その要因として考えられる。
こうした環境を形成している経済および市場の雰囲気や活力は、1980年代のレーガン政権時や、1998~1999年、2004~2006年を思わせる。これらはいずれも、大規模な設備投資が求められ、資金調達が容易であり、競争意識が高まっていた時期である。AIの台頭は、こうした活気のある成長への意欲を再び生み出しつつある。しかしながら、当チームとしては、現在の設備投資サイクルはさらに広がりを見せ、よりグローバルな展開へと進展する可能性を感じている。エネルギー安全保障、国境防衛、テクノロジーへの投資は、いまやあらゆる国家にとって重要課題となっている。
米国内においても、医療、事業の内製化および国内回帰、手頃な価格の住宅、そして労働力の再教育への投資需要が高まっている。こうした設備投資の勢いは、今後長期にわたり経済および市場を下支えすると見込まれる。一方で、レーガン政権は1987年の株式市場の急落で幕を閉じ、1990年代後半は2000年のドットコムバブル崩壊、そして2000年代半ばは世界金融危機へとつながった経緯も想起される。この現実を踏まえ、当チームは上振れ余地を評価しつつも、リスク管理の観点からそのバランスを取ることを重視した。
マクロ経済の動向
中東情勢の緊張緩和は、原油市場におけるリスクバランスを大きく変化させている。原油価格が1バレル120ドルを超えて急騰する可能性は低下しており、むしろ供給過剰によって60ドル近辺まで下落するシナリオが現実味を帯びつつある。この場合、エネルギー価格はこれまでの逆風要因から一転して、世界経済に対する緩やかな追い風へと転じるだろう。家計の可処分所得は増加し、企業にとっては投入コストが低下するためである。エネルギー価格の低下に加えて、AI関連設備の拡大が進展することで、世界経済は2027年に向けて再び拡大軌道に乗ると見ている。
こうした新たな環境に対する中央銀行の反応は、一様ではないものとなっている。欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行(BoE)、オーストラリア準備銀行、カナダ銀行については、利上げ圧力が緩和されると見込まれる。ECBによる形式的な追加利上げの可能性を除けば、これらの中央銀行は年内を通じて様子見姿勢を維持する公算が大きい。一方で、FRBと日本銀行は例外的な存在である。直近の連邦公開市場委員会(FOMC)において示されたタカ派的なスタンスへの移行は、インフレが改善せず、持続的に高止まりする場合には中央銀行が断固として対応する強硬的な姿勢を示唆している。
日銀は、年2回程度の利上げペースで慎重に金融政策の正常化を進めている。これにより、財政支出が一段と拡大するなかでインフレ期待の高まりをもたらしている。今回明らかになったのは、利下げがますます遠のきつつあるという点である。多くの中央銀行が短期的には据え置きを志向しているとしても、依然として利上げ局面にあるか、少なくとも利上げ方向へのバイアスが残っている。
中東情勢を除くと、マクロ経済環境における最大の論点はAI関連投資であった。データセンターおよび関連インフラの構築には莫大な資本を必要とする。現時点では市場がこうした投資を支えているが、この資金供給が今後も継続するのか、もし続くのだとすれば、それに伴い労働市場にどのような影響が生じるのかが焦点となっている。データ需要は現行の供給能力を大きく上回っており、設備投資はさらに加速する可能性が示唆される。
労働市場への影響はより複雑である。熟練労働者への需要は高まっており、米国では労働需要の下支え要因となっている。一方で全体のデータとしては、雇用市場は依然として均衡状態にあり、賃金上昇も緩やかな水準にとどまっている。過去の技術革新の経験を踏まえると、長期的には雇用喪失よりも生産性向上の効果が大きいと考えるのが妥当である。一部の職種は代替されるものの、現時点では想定し得ない新たな職種が創出される可能性が高い。ドットコムバブル当時、20年後に「インフルエンサー」という職業が生まれることを予見することは困難であったのと同様である。
当チームは最終的に、関税引き上げやエネルギー価格上昇にもかかわらず、労働市場が高い安定性を維持している点を評価した。先行きについても、さらなる改善余地があると見ている。ただし、その改善が賃金上昇の加速につながるかどうかについて、中央銀行は引き続き注視していく必要があると考える。
また、エネルギー価格の低下によるインフレの緩和と、設備投資の広がりに伴う労働市場の逼迫の可能性を見極めるため、FRBは年末まで政策金利を3.625%で据え置くと予想し、米国10年国債利回りは4.25%~4.625%のレンジで推移する可能性が高いと見ている。グローバル債券市場は2月末以降、大幅な調整を経験してきた。その結果、中央銀行の対応に対する市場の織り込みは、過度にタカ派的に傾いていたと考えられる。こうした環境下、欧州、英国、オーストラリアの債券市場におけるイールドカーブのフロントエンド(短期ゾーン)は引き続き投資妙味があると判断している。
シナリオ見通し
当チームは、中東情勢の一定の沈静化による原油価格の低下と、グローバルでの設備投資の加速を反映し、景気拡大(トレンドを上回る成長およびトレンドを下回る成長)の発生確率を60%から80%へと引き上げた。内訳としては、トレンドを上回る成長およびトレンドを下回る成長をそれぞれ40%ずつとし、両者を均等に配分している。もっとも、経済活動のさらなる広がりを後押しする要因は存在するものの、これまでの成長は依然としてAI関連投資に集中しており、エネルギー価格や関税によるショックの遅行的な影響については不確実性が残る。また、個人消費の加速には実質賃金の持続的な上昇が不可欠であり、労働市場の動向が重要な鍵を握る。今回の議論の中心は、景気拡大の性質が生産性主導となるのか、あるいはインフレ圧力を伴うものとなるのかという点にあった。
一方で、景気縮小(景気後退および危機)の発生確率は40%から20%へと引き下げた。内訳は景気後退と危機をそれぞれ10%としている。マクロ経済の動向自体に大きな懸念はないものの、2026年を通じて地政学的な不確実性が再燃する可能性があり、それが景気下振れリスクとして引き続き意識される。
リスク
足元では常に意識される地政学リスクに加え、当チームはAIを巡る過度な楽観にも注目している。AI関連投資のコスト対効果に疑問が生じ、あるいは投資負担が過大となった場合、AI投資に対する熱狂が後退し、市場および経済の双方に下押し圧力がかかる可能性がある。すでに一部の企業では、トークン利用コストと未だ明確でない便益とのバランスを見直す動きが見られ始めている。
当チームはさらに、過去の設備投資主導の景気拡大局面にも留意している。1987年、2000年、2008年といった局面では、豊富な流動性に支えられた設備投資サイクルが最終的に急激な調整を伴って終焉を迎えた。現在のグローバル経済においても、多額の資金が流入していることに加え、各国政府による借入と財政支出の拡大が進んでいる。これらは、経済成長の押し上げと同時にインフレ圧力を高める要因となり得るため、各国中央銀行は金融引き締めを通じて対応を迫られる可能性がある。
債券投資戦略への示唆
当チームは、足元の環境を踏まえ、利回りおよびキャリーの確保を重視したポートフォリオ構築が重要であると考えている。銀行ハイブリッド証券やCoCo債は、市場の中でもリスク調整後リターンの観点で特に魅力的と見ている。
また、企業のファンダメンタルズが堅調であることから、変動金利特性を有するバンクローンについても引き続き選好する。そのほか、証券化クレジットについても、利回りと信用補完を兼ね備えた投資対象として引き続き注目している。
さらに、新興国債券についても、多くの国が原油ショックに対する耐性を有していることに加え、現地通貨建て市場における高い実質利回りが魅力的であることから、投資妙味があると見ている。
まとめ
コンセンサスがこれほど明確かつ一致している状況に対して、当チームは一定の警戒感を抱いている。しかしながら、企業および家計の底堅さに加え、構造的に拡張的な財政政策が組み合わさっている点は特筆すべきである。
過去4カ月にわたるグローバル債券市場の調整により、投資家にとってはより高い利回りで債券に投資する機会が生まれている。当チームはこの投資機会を積極的に捉え、ポートフォリオに反映していく方針である。