要旨
- 緩和的な財政政策、民間部門の堅調なバランスシート、人工知能(AI)以外にも広がる設備投資の拡大、中央銀行による政策対応の加速を背景に、当チームは景気拡大の発生確率を85%に引き上げた。原油価格が1バレル当たり100米ドルを超えることは、こうした好材料を一部相殺する要因となっている。トレンドを上回る成長の発生確率は45%に引き上げ、景気後退の発生確率は5%に引き下げた。
- 足元の中央銀行による利上げは、国債市場の長期ゾーンの安定化に寄与する可能性があると考える。当チームは、今後2回程度の利上げが行われ、その後、米連邦準備制度理事会(FRB)は経済データに沿った政策運営を行うと予想する。10年米国国債利回りは、地政学的リスクの緩和や利上げサイクルの大部分がすでに市場に織り込まれていることを背景に、4.5%~4.75%にまで低下する可能性がある。
- 主なリスク要因としては、景気の再加速によって労働市場の需給が引き締まり、より広範なインフレ圧力が高まる可能性に加え、AIに対する大衆的な反発の強まりが挙げられる。
- 当チームでは、証券化クレジット、AAA格の担保付ローン債務(CLO)、新興国債券および通貨、ならびに長期国債や地方債が魅力的な投資対象と考える。綿密なクレジット分析を通じて、今後12カ月で一桁台後半のリターンが得られると考える。
J.P.モルガン・アセット・マネジメントのグローバル債券運用部門(以下、当チーム)の9月の四半期投資戦略会議(Investment Quarterly: IQ)は、主要中央銀行の会合が連続して開催される週にロンドンで行われた。会議開催時点では、米国の中間選挙まで2カ月を切っており、中東情勢の再緊迫化によって原油価格が1バレル当たり100ドル超に再び上昇し、長期国債利回りは過去20~30年で見られなかった高水準まで上昇していた。
しかしながら、会議を通じて世界経済と債券市場に対しては建設的な見通しが維持された。当チームは、2つの大きな変化が起きていると考えた。第一に、中央銀行がインフレへの警戒を表明するだけでなく、実際に対応を取り始めたことである。第二に、米政権が中間選挙前に中東紛争の解決策を見いだすことに注力したことである。たとえ部分的、あるいは一時的な解決であっても、である。
一方、困難だったのは市場における多くの乖離や不整合を理解することであった。国債利回りは顕著に上昇した一方で、株式市場は史上最高値近辺を維持し続けている。原油価格が6月の安値から50%以上上昇していることを踏まえて中央銀行がインフレ対策に注力する一方で、債券利回りの上昇はインフレ期待というよりは概ね実質金利の上昇に起因するものであった。ハイパースケーラーから莫大な量の債券が発行されている一方で、社債スプレッドは全体として概ね安定していた。米当局が中東紛争に苦戦し、中間選挙後の見通しも悪化している中でも米ドルはレンジ内で推移した。経済指標や企業収益は堅調に見える一方、政府や中央銀行の政策を巡る不確実性が、状況を見通しにくくしていた。中央銀行は以前よりも情報公開に後ろ向きで、フォワードガイダンスを明確に示さなくなってきており、市場参加者が政策当局の反応関数を把握しづらくなっている。財務省は、自国の債券市場だけでなく外国通貨にまで介入している。財政支出計画も拡大の一方である。さらに、中東紛争の終結に向けた問題は、解決が困難に見えた。当チームは、実質金利の上昇や市場間で見られる不整合は、少なくとも部分的には、こうした政策運営の不安定さに起因すると結論付けた。
マクロ経済の動向
先進国の中央銀行の信認不足に対する投資家の懸念が、実質金利上昇の最大の要因だった可能性がある。中央銀行によるエネルギー価格上昇への対策がたびたび後手に回ったことは市場に不満を招き、2022~23年の利上げサイクルの恐怖を思い出させるものとなった。このような状況は、9月10日に欧州中央銀行(ECB)が利上げを実施し、FRBが続いて9月16日に利上げを行ったことで変化し始めた。オーストラリア準備銀行はすでに利上げサイクルに入っており、日本銀行も9月18日には、利上げ頻度を半期から四半期に移行すると見込まれていた。
これらの政策対応を受けて、主要国国債市場における長期ゾーンは安定化に向かう可能性がある。中央銀行の独立性とインフレ抑制に対する信認が、明確に示されたためである。
政府債務の資金調達コストを低下させるために債券市場が次に必要とするのは中東紛争の解決と、それに伴うエネルギーコストの低下である。しかし、多くの軍事専門家は紛争がしばらく続くとみており、実現は容易ではない。それでも、米国の中間選挙まで2カ月を切っていることから、米政権は一時的なものであっても、事態収束への道筋を見いだそうとする可能性が高い。そうした道筋が見え、原油価格が1バレル当たり70~80米ドルまで下落すれば、世界の債券利回りは直近の上昇分の3分の1から2分の1程度、低下する可能性がある。
より広いマクロ経済の観点では、引き続き好材料と悪材料が入り交じっている。やや意外なことに、エネルギーコストが上昇する中でも経済成長は底堅さを保ってきた。緩和的な財政政策、民間部門の堅調なバランスシート、AI関連の設備投資が、持続的な下支えとなっている。また、設備投資はAIやテクノロジー関連の事業にとどまらない。エネルギー安全保障、防衛、製造業の国内回帰、ヘルスケアへの投資も世界各地で進んでいる。これらが相まって、経済への追い風となっている。
一方で、逆風もある。原油価格は1バレル当たり100米ドルを超え、中央銀行は利上げを始めたばかりである。実質金利の上昇はあらゆる借り手に影響し、AI関連の設備投資は政治的な課題にも直面している。それでも当チームは、最終的には追い風の方が強く作用する可能性が高いと考えている。
当チームでは、中央銀行は今後あと数回利上げした後、経済指標に沿って政策を運営すると予想する。FRBによる合計50~75ベーシスポイント(1ベーシスポイント=0.01%)程度の利上げは、過去の利上げサイクルと比べれば小幅だが、それで十分かもしれない。これは2025年末に行われた3回の「予防的利下げ」を巻き戻す動きと捉えることもできる。市場はすでにそれ以上の引き締めまで織り込んでいるため、米国10年国債利回りは4.5~4.75%のレンジまで低下する可能性がある。
シナリオ見通し
当チームは、景気拡大の発生確率をさらに5ポイント引き上げ85%とした。内訳としては、トレンドを上回る成長の確率を45%まで引き上げた一方で、トレンドを下回る成長の確率は40%に据え置いた。米国外にも広がる財政刺激策、AI以外にも及ぶ企業の堅調な設備投資、底堅い個人消費が、年末から2027年にかけて世界経済を支えるとみている。ただし、エネルギー価格を巡る不透明さや、実質金利の上昇、中央銀行の金融引き締めが経済における強いブレーキとなり得ることから、トレンドを上回る成長の発生確率を引き上げることには慎重な意見もあった。
景気後退の予想発生確率は、5ポイント引き下げて5%とし、危機シナリオの確率は10%に据え置いた。両者を合わせた15%は、長期平均で見た景気縮小の発生確率と概ね整合的である。この水準は、仮に景気縮小が発生するとしても、典型的な景気後退というよりは無秩序な巻き戻しとして現れる可能性が高いとみている。財政、政治、地政学、金融政策が複雑に絡み合う現在の状況は、世界経済にとっては消化しづらい。事態が想定外の方向へ進んだ場合には、予期せぬ影響は大きくなり得る。
リスク
最大のリスクは、景気が再加速することで労働市場の需給が引き締まり、コアインフレ圧力が再び高まることである。その場合、中央銀行は現在の市場予想をはるかに上回る積極的な金融引き締めに踏み切る可能性がある。金融システムにはなお多額の資金があり、資本コストも企業、家計、政府にとって大きな障壁にはなっていない。企業の設備投資と世界的な財政支出が同時に拡大すれば、資源を圧迫することになり、広範なインフレ上昇を引き起こす可能性がある。ただし現時点では、これはテールリスクにとどまると考えている。
AIに対する大衆的な反発の高まりも、重要性を増しているリスクである。自治体は、地域住民と資源を奪い合うデータセンターが近隣に建設されることを望まなくなっている。それに加えて、AIによる雇用喪失への不安感や、高度なAIモデルが人間の利益に反する行動を取り始めることへの懸念を受け、政治家は規制を強化する法律を検討している。AI関連の設備投資が減速すれば、世界経済にとって大きな打撃となる可能性がある。
債券投資戦略への示唆
当チームが有望と考える投資対象は、クレジット、為替、デュレーションに幅広く分布している。具体的には、証券化クレジットやAAA格のCLO、新興国債券とその通貨、米国やオーストラリアを含む長期国債、地方債などである。過去6カ月の大幅な利回り上昇や、世界経済の底堅さを踏まえ、債券ポートフォリオを構成する3つの要素である、デュレーション、利回り、キャリーをいずれも積極的に活用する方針である。
まとめ
債券市場に対する悲観論は行き過ぎであり、結果として多くの投資機会が生まれていると考える。現在の利回り水準は20~30年以来であり、当チームは、この投資機会を逃すべきではないと考えている。当然のことながら、現時点の景気サイクルでは、クレジット分析の重要性はかつてないほどに高まっている。今後12カ月間において、高い一桁台のリターンを得られる可能性が高いと考えている。