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要旨

  • 9月の連邦公開市場委員会(FOMC)では予想を上回る50ベーシスポイント(bps、1bps=0.01%)の利下げが決定された。今回の四半期投資戦略会議(IQ)では、経済の堅調さを考慮すると利下げは過剰反応かつ早すぎたのではないか、逆に労働市場の減速は利下げ開始が遅すぎたことへの示唆ではないかなど、議論が尽くされた。
  • 1995年以来初めてのソフトランディングを達成するためには、連邦準備制度理事会(FRB)が米国経済の現在のバランスを維持できるかがカギになると見る。
  • 我々は、今後FRBが金利を2.75%~3.75%に引き下げる可能性があると考える。予想レンジの幅については、現在および将来の緩和政策に対する経済の反応速度の不確実性を反映している。
  • ほとんどの債券市場は前四半期から大幅に上昇しているが、今後3~6ヶ月間でも同様の動きを予想する。現金のリターンが低下する中、今回の緩和局面における投資の基本姿勢は「現金以外なら何でも(Anything But Cash)」と考える。
  • このような環境下、我々はハイ・イールド債券、バンクローン、転換社債、AT1債、証券化商品、新興国債券を選好する。

金融緩和局面の基本姿勢(ABC):「現金以外なら何でも(Anything But Cash)」

9月のIQは、FRBが2020年3月以来の利下げに踏み切った翌日に、ロンドンで開催された。FRBが利下げサイクルを開始すること自体は特にサプライズではなかったが、驚くべきは、25bpsの利下げが確実と思われていた中、FOMCが開催される1週間前、ブラックアウト期間(FRBメンバーがメディアや公の場で金融政策についてコメントすることを禁止する期間)中の報道によって最終的に50bpsの利下げが市場に織り込まれたことである。

パウエルFRB議長は記者会見で、50bpsの利下げの根拠について非常にバランスの取れた見解を示したが、市場は今後数週間で、重大な事象が起こっているのか、それとも議長の言葉通り「再調整」なのかを議論し続けるだろう。

当チームはデータを精査し、どのような変化がFRBの大幅な利下げを正当化するのか、そしてパウエル議長の言う通り、米国経済が本当に均衡しているのかを確認するために多くの時間を費やした。結果、インフレと労働市場は直近数ヶ月で鈍化が進んだが、経済活動を測る様々な指標は依然として健全さを保っていると考える。

FRBによる今回の利下げはタイミングが遅すぎて、企業や家計に対するインフレ圧力を軽減しきれないのだろうか。それとも、米国経済のファンダメンタルズは十分に底堅く、積極的な緩和サイクルが経済成長とインフレの再燃を引き起こすのだろうか。世界を見渡すと、様々な金融政策が混在していることが状況を一層複雑にしている。中国やヨーロッパは低成長に苦しんでいる一方で英国は依然として粘着質なインフレと戦っているほか、日本は利上げサイクルの真っ只中にある。

当チームが注視した点は、最終的な着地点はともかくとして、FRBの利下げサイクルの始まりは常に市場に高揚感をもたらすということだ。6月に開催された前回のIQ以来、債券市場ののほとんどは4%~6%上昇しており、今後3~6ヵ月間も同様に推移すると予想する。現金のリターンが低下する中、この緩和局面における投資の基本姿勢は「現金以外なら何でも(Anything But Cash)」であると考える。

マクロ経済の動向

FRBは、コロナ禍における景気刺激策の後の過熱した経済を冷まし、物価安定と完全雇用という2つの使命を達成することで、経済を立て直すことに成功した。9月に利下げを開始した時点で、インフレを測る指標として用いられる個人消費支出(PCE)の伸びは1.7%(3ヵ月、年率換算)であり、2021年の6.6%から大幅に低下した。労働市場も冷え込みつつあり、失業率は3.4%から4.3%に上昇し、非農業部門雇用者数の伸びも四半期前の20万人以上から、8月は3ヵ月移動平均で11万6千人に減速した。

唯一の懸念点は、インフレと労働市場が良好なバランスにある一方で、フェデラルファンド(FF)金利が依然として非常に抑制的な水準にあり、FRBと市場が政策金利の中立金利と仮定している2.9%前後とは乖離していることだった。ひょっとすると、FRBによる今回の利下げはタイミングが遅すぎて、企業や家計に対するインフレ圧力が継続し支出が抑制され、最終的に景気後退に至るのではないか。住宅市場が弱く、中小企業が苦しんでいるという実態は、調達コストが高止まりしている兆候といえよう。もしかすると、失業率の急上昇により、サーム・ルール1が発動したため、パウエル議長は予想外に利下げ幅を25bpsから50bpsにシフトしたのかもしれない。

一方で、当チームは、経済のファンダメンタルズが堅調であることは依然として明らかであり、50bpsの利下げは過剰かつ早すぎたのではないかと懸念している。その背景として、まずアトランタ連邦準備銀行のGDPトラッカーでは、第3四半期のGDP成長率が2.9%になると予想していることである。そしてコロナ関連経済対策(American Rescue Plan, Infrastructure & Jobs Act, Inflation Reduction Act, CHIPS and Science Act)からの資金は引き続き景気を刺激しており、企業収益や消費者ローンの支払いを見ても、多少のインフレ圧力はあるものの、特に問題は見られない。加えて、FRBの積極的な金融緩和の後にしばしば見られる、新興国市場や米国の地方自治体の潜在的な危機も確認されていない。企業、家計、州および地方政府のバランスシートは良好な状態にあり、唯一の例外があるとすれば米国政府が債務超過である(今更感のある論点ではあるが)。

もしかするとパウエル議長の発言通り、米国経済はこの緩和サイクルの中で最善のバランスを保っているのかもしれない。ただ我々にとって明らかなのは、FRBおよび他の中央銀行が現在のバランスを維持できるかどうかが、1995年以来初めてのソフトランディングを達成するためのカギであるということである。

我々は、FRBが金利を2.75%~3.75%に引き下げる可能性があると考えている。予想レンジに幅があるのは、利下げのペースや緩和政策に対する経済の反応速度が最終目標値に影響を与えると考えているためだ。もう一つ重要な検討事項があるとすれば、米大統領選の後、政策がどのように変更されるかである。

シナリオ見通し

FRBと同様に、我々も労働市場が予想以上に弱まったことを認めざるを得ず、それに対する50bpsの利下げによる影響と天秤にかける必要があった。闊達な議論の末、トレンドを下回る成長/ソフトランディングの確率を10%下げて60%にし、トレンドを上回る成長20%)と景気後退15%)の確率をそれぞれ5%ずつ増やした。ソフトランディングが依然として我々のメインシナリオである一方で、迅速に動くFRBの実態は、利下げ開始が遅れていたか、または過度の利下げであった可能性を示唆している。我々は今後、数四半期の間に、金融政策が与える企業や家計への影響について確認することになるであろう。

危機の発生確率を0%とすることも検討したものの、米国総選挙が控えていることを受け、確率は5%に据え置いた。大統領選および議会総選挙でどちらかの党が圧勝することは、政策がより積極的になる可能性があり、先日の暗殺未遂事件は安定への脅威の最たるものと考える。

リスク

我々のソフトランディング予想へのリスクは、経済成長とインフレの再燃から、FRBの緩和サイクルが期待外れに終わり、方針を転換する可能性である。また、大統領選でハリス氏が勝とうがトランプ氏が勝とうが、それぞれの公約の元、減税と支出の増加をもたらすだろう。党派に関係なく、政治家の目には政府債務水準が財政出動の課題として映っていないようだ。

労働市場は軟化しているが、我々は景気後退のリスクについてはそれほど懸念していない。これはFRBや他の中央銀行が成長を再活性化させるために多くの手段があることを知っているからである。

債券投資戦略への示唆

当チームは、FRBの積極的な利下げ局面で恩恵があると考えられる投資戦略を検討した。中でも、キャリー志向の投資戦略やイールドカーブのスティープ化の機会をとらえる戦略が大半を占めていた。結論としてはハイ・イールド債券、特にCCC格付けのクレジットのほか、バンクローン、転換社債、Additional Tier 1(AT1債)を選好する。市場が安定しており、依然として比較的高い収益性と売上高の成長が見込める環境は社債にとって非常に好ましい状況であると考える。

また、マネーマーケットファンド(MMF)の記録的な残高を考慮すると、近年、ほとんど注目されていなかった新興国債券も魅力的と考える。これは、資金の投資先として投資家たちは高い利回りだけでなく、出遅れている市場や取り残されている市場を検討するはずだからだ。したがって、現地通貨建て新興国債券市場、新興国通貨および新興国社債は当チームでかなりの支持を得た。高い実質利回り、割高な米ドル、安定したマクロ経済環境は、これらの資産クラスをより魅力的にしている。加えて、証券化商品も我々のポートフォリオの定番となっている。消費者ローンを対象とした証券化商品のパフォーマンスも良好であり、FRBによる利下げは消費者にとって良い追い風となるだろう。

まとめ

FOMCの前週までは、50bpsの利下げがあるとは予想していなかった。しかし、それが現実となり、現金のリターンを期待する人々は大きなFOMO(Fear of Missing out、取り残されることへの恐怖)に直面するだろう。歴史的に見ても、FRBが利下げを開始すると、待機資金は特に債券市場に流れ込む。我々は依然として債券市場に様々な投資機会を見出しており、選挙と年末に向けて「現金以外の何でも(Anything But Cash)」を我々の基本姿勢とする。

 

1. サームルールとは、経済学者クラウディア・サームにちなんで名付けられたもので、全国失業率の3か月移動平均が、過去12か月の3か月平均の失業率の最低値に対して0.5%(またはそれ以上)上昇した場合に景気後退入りの目安とする指標。