要旨
- 各国経済が米国の関税に適切に対応したことや、米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げサイクルを再開したことで、市場は落ち着きを取り戻している。世界の債券市場の安定的な環境は2026年まで継続する可能性があると考えており、また、待機資金が多い現状を鑑みると、市場が調整局面入りした場合にはむしろ買いの好機になると期待される。
- リスク要因としては、インフレ率が構造的に高止まりする可能性が挙げられる。金融政策の緩和と世界的な財政刺激策が来年の設備投資や雇用を活性化し、新しいFRB議長の下で将来的に賃金と物価のスパイラル的上昇につながるシナリオも、決してあり得ない話ではない。
- FF(フェデラル・ファンド)金利は2026年1‐3月期に3.375%で落ち着き、米10年国債利回りは3.75%~4.25%の範囲になると予想している。
- 今回の四半期投資戦略会議(IQ)では、危機の発生確率を5%(前四半期は10%)に引き下げ、景気後退の発生確率を10%(同15%)に引き下げた。また、トレンドを上回る成長の予想発生率を10%引き上げて20%とし、トレンドを下回る成長の発生確率を65%に据え置いた。
- このような環境下、当チームでは、景気拡大局面が続く中でアウトパフォームすると考えられるグローバルのハイブリッド証券、新興国債券(現地通貨建ての国債および社債)、低格付けクレジット(ハイ・イールド社債、シンジケート・ローン、ダイレクト・レンディング)などを選好する。
当チームの9月のIQはロンドンで開催され、偶然にもトランプ大統領の国賓訪問と重なった。公式訪問は華やかな儀式に彩られていた一方、我々の会議はそれよりは壮大なものではなかったものの、IQ参加者は主にトランプ政権の政策が各国経済や市場に与える影響に焦点を当て、徹底的に議論を行った。また、FRBが2024年12月以来の利下げを実施したタイミングでもあり、金融政策の先行きに注目が集まった。
足元のめまぐるしい世界的な財政・金融政策の動きにもかかわらず、金融市場は驚くほど低いボラティリティの中で大きなリターンを享受している。こうした状況を背景に、IQ参加者は、この好調な市場環境が今後も続くのか、それとも何かがそれを妨げる可能性があるのかについて意見を交わした。
マクロ経済の動向
4月の「解放の日」以降、市場は落ち着きを取り戻してきた。米国の関税が導入され、政府、企業、家計は今四半期を通じてその影響に対応した。我々は米国の平均関税率は約16%に達すると推定しているが、これまでのところ、企業は関税によるコストの大部分を吸収しつつ営業利益率を維持しており、残りのコストは消費者が負担している。
米国の財政収支は歳入増加の恩恵を受けている一方、世界各国の政府はその影響を軽減するための政策をとっている。我々は、グローバルの貿易には多くの要素が絡んでいる中、企業が関税による追加のコスト増を消費者に転嫁せざるを得なくなり、需要が減少する局面が訪れる可能性があることを認識している。すでに米国企業では採用の一時停止が見られ、労働市場の減速につながっている。
FRBは利下げで対応しているが、世界的にも財政刺激策が進められている。米国では「一つの大きく美しい法案(OBBBA:One Big Beautiful Bill Act)」の影響が2026年初頭に現れる見通しである。ドイツでは防衛やインフラへの大規模な支出が計画されており、中国では政策担当者が固定資産投資に注力している。欧州中央銀行(ECB)はすでに大幅な利下げを実施しており、2%で一時停止すると予想される。イングランド銀行(BOE)は春に利下げを再開する見込みである。
当チームとしては、関税があるにもかかわらずインフレ期待が抑制されていることが印象的であった。市場参加者は、関税の影響は一時的なものにとどまると見ている。インフレ率は現在約3%で、来年半ばまでは先進国の中央銀行が目標とする2%を上回る状態が続くと予想される。ただし、このインフレの上振れは主に財の価格に集中しており、サービス価格には広がっていない。一方、中国では中間財や完成品の価格にデフレ傾向が見られる。
また、最も注目している指標は賃金の伸びである。現時点では安定しているが、もし賃金の伸びがさらに鈍化すれば、労働需要の減少と景気後退の可能性が高まることを意味する。一方、賃金の伸びが堅調であれば、企業が関税政策をうまく乗り越え、再び雇用を増やし、収益の伸びを見込んで設備投資を進めていることが示唆される。今後着実な賃金上昇が見られれば、財政・金融政策が関税負担を相殺する効果を発揮していることの証左である。
市場は今後も財政・金融政策の動向に注目すると考えられる。米国と中国の間で貿易協定が成立しない場合、市場の不安定要因となり得る。米国では1年後に中間選挙を控えており、規制緩和や追加の財政刺激策など、さらなる政策変更が行われる可能性もある。しかし、現時点では意外なほど市場は落ち着いており、この状況は年末まで続くと見込まれる。2026年に入る頃には、OBBBAの財政刺激効果が関税による景気の重しを十分に上回ると考えられる。
シナリオ見通し
当チームは、危機の発生確率を10%から5%に、景気後退の発生確率を15%から10%にそれぞれ引き下げた。世界の政策立案者が貿易政策の影響を緩和するため、金融・財政面での支援策に注力していることから、景気後退が発生する可能性は大きく低下していると考えている。そしてその分、トレンドを上回る成長の確率を10%から20%に引き上げた。来年、世界的な財政刺激策が本格化すれば、企業収益の改善を通じて雇用や設備投資の再開が期待できる。また、トレンドを下回る成長の確率は65%で据え置いた。雇用や消費の伸びは鈍化しているものの、企業や家計は年末に向けて安定した動きを見せている。
世界経済が新たな貿易交渉や生産拠点回帰の流れに適応するには時間を要するが、我々は、企業、家計、政府が今後の状況に対応する準備ができていると考えている。今後数四半期にわたり、財政・金融政策の変化によって市場が崩壊したり過熱する可能性は完全には排除できないものの、これらは依然としてテールリスクにとどまっていると見る。
リスク
最大のリスクは、インフレ率が構造的に高い水準で定着してしまうことである。実際、インフレ率は中央銀行の目標である2%を大きく上回る状態が持続している。それにもかかわらず、FRBは労働市場の堅調さを維持することに注力しており、金融政策の緩和姿勢を示している。さらに、次期FRB議長やFOMC(連邦公開市場委員会)の新任メンバーは、政策金利の引き下げが成長を促進するという政権の考え方に賛同する人物が選ばれる可能性が高い。「次のポール・ボルカー(劇的な利上げでインフレを退治した元FRB議長)」のような人物は、政権の候補リストのどこにも見当たらない。
金融政策の緩和と世界的な財政刺激策が重なれば、賃金と物価のスパイラル的上昇につながる可能性も考えられる。大規模な国債の発行や政府支出はもはや日常的なものとなっており、財政規律や緊縮財政は時代遅れの概念となっている。パンデミック期の政策によって、今もなお大量の資金が市場に流れていることにも注意が必要である。
他にも、上記よりはリスクが小さいと考えるが、過去100年で最も高い関税率が世界経済にとってより大きな税負担となり、景気後退を引き起こす可能性もある。企業がテクノロジー関連の設備投資を控えることも、成長の鈍化につながる要因となり得る。さらに、中央銀行がインフレ抑制に再び本格的に取り組み始めれば、市場を支えている重要な要素が失われることになる。
債券投資戦略への示唆
当チームは、緩やかな経済拡大局面でアウトパフォームが期待できる投資機会に注目した。リスクオンの姿勢から、グローバルのハイブリッド証券、新興国債券(現地通貨建て国債および社債)、低格付けクレジット(ハイ・イールド社債、シンジケート・ローン、ダイレクト・レンディング)を選好する。また、米国債を通じて適度に長期ゾーンのデュレーションを維持することを好む意見もあったほか、米ドルに関しては弱気な見方を維持し、今後さらに5%程度下落する可能性があると見ている。FF金利は2026年1‐3月期に3.375%で落ち着き、米10年国債利回りは3.75%~4.25%の範囲になると予想している。
今後数四半期にわたり、低ボラティリティかつ高リターンの環境が続くと見込まれるが、当チームはFOMC会合後に「噂で買い、事実で売る」形での市場調整が見られることを期待していた。依然として多くの待機資金が投資のエントリーポイントをうかがっており、市場の調整局面は買いの好機になると認識している。
まとめ
政策立案者や市場が長期にわたるソフトランディングを享受している中で、次に何が起こるのかが問われている。米国では、関税政策がまだ完全に策定・実施されておらずOBBBAも本格的な効果を発揮していない。FRBの今後のリーダーシップや長期的な金利の方向性も不透明である。米国以外では、欧州の財政支出の影響がまだ現れていない。中国は固定資産投資と消費を強化する大胆な計画の実行が求められている。さらに、ウクライナや中東では依然として紛争が続いている。それでも、企業や家計の粘り強さは目覚ましいほか、政策担当者も支援的な姿勢を維持している。市場の好調が今後も続くかどうかには懐疑的な見方もあるが、当チームは引き続き、世界のさまざまな債券市場から利回りおよびリターンを獲得することに注力する。