米国大統領選挙:主なポイント
- 共和党が議会で主導権を持つと、減税、規制緩和、関税引き上げを含む大幅な政策変更の可能性が高まります。共和党が両院でどれだけの多数派を占めるか、またトランプ氏が就任後に優先する政策が重要です。
- 米国株式は、力強い経済成長や企業利益の拡大を主な背景として引き続き堅調です。しかし、長期金利の上昇や関税の影響に関するリスクは株価に十分には反映されておらず、今後のボラティリティを高める可能性があります。
- 債券利回りは財政懸念を背景に、ボラティリティを伴いつつ高止まりする可能性があります。また、貿易に関する不確実性が米ドル高や為替のボラティリティ上昇につながる可能性があります。
- 市場は様々な大統領・議会構成の下でも成長を続けることが可能であり、分散投資は未知のリスクに対してポートフォリオを安定させる助けとなります。
前大統領のトランプ氏が米国大統領選挙の勝者として宣言され、選挙人を確保し、一般投票でも勝利する見込みです。
共和党は上院の過半数を奪還し、下院も過半数を獲得する見込みです。株式市場はこれに強く反応して上昇し、米国債利回りと米ドルも急騰しました。しかし、将来実施される政策やその影響については依然として不透明です。 そのような中でも、選挙というハードルをひとまず乗り越えたことで、政策の可視性が向上してボラティリティが低下し、リスク性資産への資金流入が増加しています。
共和党のトランプ氏が勝利し、連邦議会の上下両院ともに共和党が過半数を握る「トリプルレッド」による大きな政策変更は、経済成長、インフレ、各種資産のパフォーマンスに影響を与える可能性があります。今後数ヵ月あるいは数四半期で、新政権の政策の方向性や投資への影響について、より多くのことが分かるようになるとみています。
しかし、投資家は現在のマクロおよび市場の状況に再び注目し始めると考えています。ファンダメンタルズはリスク性資産を支えるものであり、利益成長は広がり、経済成長は堅調で、米連邦準備制度理事会(FRB)は引き締め的な金融政策の姿勢を徐々に緩和しています。一方で、財政赤字は依然として高止まりし、米国の長期国債利回りを下支えする可能性があります。
共和党が政策の主導権を握る
共和党が議会の主導権を握ることで、共和党は政策立案の面で大きな影響力を持つことになりますが、どれだけの多数派を占めるかが重要です。共和党が上院で主導権を握ることで、トランプ次期大統領は政治方針で一致している候補者を比較的容易に承認でき、規制緩和のような主要な政策を推進することが可能になります。仮に共和党が下院でも主導権を獲得すれば、税制や移民政策も幅広く可決される可能性があります。
選挙の不確実性が解消された今、投資家は政策の優先順位や実行可否などに注目すると考えられます。
- 財政政策: トランプ次期大統領は、「トランプ減税(2017年税制改革法)」の全面的な延長を目指し、最高税率は37%に維持しつつ、国内製造業の法人税率を21%から15%に引き下げる可能性があります。トランプ氏の提案は、米国議会予算局(CBO)のベースライン予測と比較して今後10年間で7.5兆ドルの赤字を増加させ、政府債務を対GDP比で142%に押し上げると推定されています1。しかし、上院と下院における共和党と民主党の獲得議席数が僅差であることや、債券市場での金利上昇リスクなどによって、選挙公約の完遂は制限される可能性があります。
- 貿易と関税: 中国および貿易相手国に対して関税が引き上げられる可能性は非常に高いものの、トランプ氏の選挙運動での関税を用いた「脅し」と、実際の政策方針の違いには不確実性があります。トランプ次期大統領は関税を課すための強い行政権限を持ち、すべての輸入品に10%、特に中国からの輸入品に60%の関税を示唆しています。貿易交渉では「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」の再交渉も行われるものの、大きな変更には議会の承認が必要です。最終的に、貿易交渉はさまざまな結果をもたらす可能性があり、報復関税やインフレなどによって選挙公約の完遂は制限される可能性があります。企業が競争力を維持しながらサプライチェーンを多様化する中で、「フレンドショアリング」や「ニアショアリング」の傾向は続くとみています。
- 移民政策: 共和党主導の改革が可能であり、より厳しい亡命措置とともに国境警備等のための資金が増加する可能性があります。移民労働力に対する経済的依存や強制送還に関する課題などによって、大規模な強制送還の実現は困難となるものの、亡命希望者が労働許可を得る数を制限するための取り組みは続く可能性があります。将来的には合法移民への制度改革が行われる可能性もあります。
- 安全保障: 米国の北大西洋条約機構(NATO)およびウクライナへの関与は弱まる可能性があります。米国はこれまでと同じようには各国への安全保障、資金・武器の提供などはせず、特にヨーロッパでの防衛支出が増加するとみています。
- エネルギー: インフレ抑制法(IRA)は維持される可能性が高いものの、一部の条項(特に電気自動車の税額控除)は変更される可能性があります。化石燃料業界は規制が緩和されることで利益を得る可能性があるものの、生産の増加は価格を下げる可能性もあります。
- 規制: トランプ次期大統領は広範な規制緩和を主張している一方で、その改革の規模を推計するのは困難です。ビッグテックは企業によって影響が異なるとみています。地銀やエネルギー企業は規制緩和から最も利益を得る可能性があります。また、反トラスト法の執行が現状よりも一部制限されるという見通しが強まることによって、企業のM&Aが今後活発化する可能性があります。
ノイズの中からシグナルを見つける
株式市場のポジティブな反応は、経済成長を促進する政策や規制緩和への期待に焦点を当てており、関税や財政赤字拡大のリスクを覆い隠しています。そのため、小型株式、銀行、国内のエネルギー・鉄鋼関連企業、暗号通貨など、規制緩和の恩恵を受ける銘柄が上昇しています。債券市場はより冷静で、財政赤字の拡大が金利を押し上げる可能性に焦点を当てており、長期金利が短期金利よりも上昇して利回り曲線がスティープ化しています。特に、2024年9月18日にFRBが金利を引き下げて以来、米国10年国債利回りは3.7%から4.6%に上昇しています。その他では、通貨は米国債利回りや関税が上昇する可能性に反応し、米ドルが全面的に上昇しています。これらの市場反応の多くは予想されていたものの、持続可能ではないかもしれません。
選挙結果はある程度明らかになったものの、投資への影響を示す重要な指標である政策の実施についてはまだ不透明な部分も多い状況です。実際の政策は、選挙活動中に提唱されていたものとは異なることがよくあります。そのため、最近の市場の動きに追随することには注意を払い、明確にわかっていることに焦点を当てることを推奨します。
「トリプルレッド」を受けたこれまでの市場の反応
- 米国株式: 今回の米国の選挙結果が出る前から、米国株式のファンダメンタルズは強く改善しており、「トリプルレッド」観測が、これまでアンダーパフォームしてきた一部のバリュー株式、景気敏感株式、小型・中型株式などを押し上げています。これによって、株式の好パフォーマンスの広がりがさらに支えられるとみています。M&AやIPO活動が増加するとの見通しから、センチメントも強化されています。一方、ビッグテックに対する反トラスト法の執行は、現状ではハリス氏が大統領に選出された場合に懸念されていたほどではないようです。米国株式は引き続き堅調であるものの、長期金利の上昇や関税の影響に関するリスクは株価に十分には反映されておらず、今後のボラティリティを高める可能性があります。
- 米国金利: 長期金利は、国債発行の増加や財政問題に対する「リスクプレミアム」が上昇することなどによって、高止まりする可能性があります。短期金利は、今後のFRBの行動に焦点を当てるとみられ、今年(11月の連邦公開市場委員会(FOMC)を含む)と来年初にさらなる利下げが予想されています。
- 米国クレジット: 選挙結果が出る前から、投資適格債券とハイ・イールド債券は強いファンダメンタルズに支えられていました。選挙後もこの状況は続くとみており、特にハイ・イールド債券は投資適格債券に比べてデュレーションが短いため、パフォーマンスが支えられる可能性があります。
- 米ドル:米ドルは、2018~19年の貿易戦争時と同様に、以下の理由で上昇を続ける可能性があります。
- 関税が引き上げられる可能性
- 貿易関連の不透明感が高まることによって生じる、世界の経済成長への不確実性
- 米国と他国との金利差の拡大(しかし、米ドルは貿易戦争1.0が始まった2018年初頭と比べて14%上昇した水準にあり、当時に比べて上昇の余地は限られる可能性があります。)
- 米国以外の世界株式: 強い米ドルと世界の経済成長に対する不確実性によって、米国以外の一部の株式には下押し圧力がかかる可能性があります。特に、ユーロ圏、中国、メキシコなどの株式は短期的に下押し圧力を受ける可能性があります。しかし、投資家は米国以外の世界株式へのエクスポージャーも維持すべきだと考えています。それは主に以下の理由からです。
- 米国株式に対する米国以外の世界株式のバリュエーションのディスカウントが過去最大付近であること(→米国以外の世界株式のバリュエーションが米国株式対比で低い)
- 中国当局が景気刺激策を続けており、今回の選挙結果に応じて景気刺激策を強化する可能性があること
- 台湾(AI)やインド(人口動態、「フレンドショアリング」の恩恵を受ける)など、特定の市場を後押しする強力な構造的追い風が残っていること。過去もそうであったように、新たな政策環境から企業ごとに勝者と敗者が生まれるとみている
- 分散投資: 財政懸念が債券のボラティリティを高止まりさせる中、暫く株式と債券の相関はプラスのままになりそうです。したがって、投資家は更なる資産クラスの分散を検討する必要があります。今回の場合、金や実物資産にも注目すべきだと考えています。
政治的不確実性と市場のボラティリティを乗り切るための3つの原則:
1. 経済と市場は様々な大統領・議会構成の下で成長を続けてきた
米国大統領選挙は今後の政策に影響を与えるため重要です。一方で、これまで様々な大統領・議会構成を経ながらも株式は上昇傾向で推移しており、最終的には主にマクロ要因によって変動してきました。たとえば、オバマ政権(2009年~2017年)とトランプ政権(2017年~2021年)といった2つの非常に異なる政権下でも、株式市場のパフォーマンスはほぼ同じでした。具体的には、S&P 500はそれぞれの政権下において、年率平均でみて16.3%と16.0%のリターンを記録しました。
2. 政策はリターンに影響を与えることがあるものの、それが最大の要因となることは少ない
投資家は選挙結果に基づいてポートフォリオをどのようにポジショニングするかを考えることがよくあります。しかし、各種政策の影響に基づいて信頼度の高い投資戦略を構築することは非常に困難です。たとえば、トランプ大統領は在任中に伝統的なエネルギー業界を支持したものの、彼の任期中にS&P 500エネルギー指数は40%下落しました。一方、S&P 500グローバル・クリーンエネルギー指数は275%上昇しました。バイデン大統領は化石燃料の削減とクリーンエネルギーの活性化を掲げ、IRAで3,690億米ドルのコミットメントを通過させたものの、彼の任期中にS&P 500エネルギー指数は2倍以上になり、S&P 500グローバル・クリーンエネルギー指数は50%以上下落しました。このように、最終的に市場を動かしたのはマクロ要因であり、需要・供給の変動や金利環境が大統領の政策よりも大きな影響を与えていました。
3. 未知のリスクに対する最良の防衛手段は分散されたポートフォリオ
選挙結果は、ある程度政策の方向性を明らかにします。しかし、米国政府は重大な財政面での課題に依然として直面しており、「トリプルレッド」の下での政策の不確実性によってボラティリティが高まる可能性があります。投資家にとって、未知のリスクに対する最良の防衛手段は、やはり分散投資です。株式のバリュエーションが上昇し、世界の株式市場に占める米国株式の割合や米国株式における一部の銘柄の割合が高まっている中では、分散投資の重要性はさらに高まっています。多くの投資家にとって、このリスクはポートフォリオのリバランスの欠如によって増幅されている可能性があります。