要旨
- FRB(米連邦準備制度理事会)による利下げサイクルの開始により、経済の下振れリスクが軽減され、マルチ・アセット・ソリューションズ(以下、当チーム)では潜在成長率並みの経済成長と景気サイクルの延伸(景気サイクルにおける景気拡大期が伸長すること)への確信度を高めている。
- このような環境は、ポートフォリオのリスク選好のサポート要因となる。
- ポートフォリオではクレジットを選好し、クレジットは向こう2-3四半期において株式並みのリターンを提供する可能性があると見ている。
- 株式を引き続きオーバーウェイトとし、米国、日本、新興国株式(除く中国)を選好する。一方で、短期的には高いバリュエーションが逆風となる可能性がある。
- デュレーションは概ね中立とするが、米国債や日本国債に対して、欧州、英国、豪州の国債を選好する。株式と債券の相関が低下していることから、債券がポートフォリオにおいて再びヘッジの役割を果たすことを示唆すると考える。
- 米ドルは中立からややポジティブに見ている。短期的にはユーロ・ショート/円・ロングに妙味があると考える。
FRBが0.5%の利下げを決定し、今後も継続的な利下げサイクルの実施を示唆したことは、経済環境における重要な転換点を示している。FRBのデュアル・マンデート(物価の安定と雇用の最大化を使命とすること)において、これまでインフレ抑制へ一意専心に取り組んできた後、今や強い労働市場の維持に重点を置いていることは明らかである。
当チームでは、パンデミック後の景気サイクルは特異なものであったと見ている。通常よりも早い段階でインフレ圧力が高まり、完全雇用と広範なインフレ圧力にもかかわらず、賃金の上昇率は抑制されていた。今後2年間で借入コストが低下することで、ビジネス・サイクルが延伸すると見る。これはポートフォリオにおけるリスク選好姿勢と、クレジット及び株式のオーバーウェイトの見方を支える。
キャッシュフローは堅調でバランスシートが健全であるにもかかわらず企業景況感は脆弱である。とは言え、今後金利が低下することで改善の余地があると考える。失業率が低下している中、消費者活動はやや落ち着きつつあるものの、引き続き堅調である。当チームでは、全体として、米国の経済成長は今後2-3四半期で潜在成長率並みの約2%まで緩やかに減速し、インフレ率は2025年半ばを目途に、FRBが掲げるインフレ目標に戻ると予想する。
この一見穏やかなマクロ見通しにはリスクがある。過去12ヵ月の強い経済成長のペースは労働供給が急増したことによって促進された。そのため、多くの投資家は持続不能と捉えており、2024年後半の広範な経済の減速を予想していた。一方で、労働関連の経済指標の冷え込みが現実化するにつれ、経済成長のモメンタムが急激に悪化したことで、潜在成長率を下回る経済成長や景気後退の懸念まで浮上した。しかし、当チームはこの見方に賛同しない。
当チームの見方では、過剰なレバレッジ、過剰な自信、資本のミスアロケーションなど、景気後退を引き起こす要因となる市場の不均衡や過剰は、現在の米国経済でほとんど見られていない。より簡潔に言えば、金利を押し上げたインフレの急上昇は、景気サイクルの初期段階で発生し、不均衡が危険なレベルに達する前に起きた。成長ペースの鈍化と雇用市場の緩やかな冷え込みは、米国経済を外生的ショック(地政学リスクなど)に対して脆弱にする一方で、米国市場の不均衡の欠如は米国内の内生的ショックからのリスク低減に寄与した。
グローバル全体では、状況はよりまだら模様である。欧州の経済活動は依然として低迷しており、財消費のサイクルに回復の兆しはほとんど見られない。中国の需要は弱く、国内実質金利が高止まりしているため、経済活動の回復を抑制し、欧州やアジアの製造業の輸出を中心とした貿易の重石となっている。これらの地域の消費は高水準の貯蓄と低い失業率によって守られている。しかし、財消費のサイクルの回復によって促進されるグローバル経済の上昇シナリオは、2025年以降まで実現しそうにない。
経済の上振れリスクが抑えられる一方、FRBの利下げサイクルによって経済の下振れリスクが緩和される中、当チームでは景気サイクルの延伸と潜在成長率並みの経済成長に対する確信度を高めている。この環境はリスク資産をサポートするものであるが、過去2年間のような高いリターンは期待できないだろう。経済が潜在成長率に近いペースに緩やかに減速する局面では、投資家が際限のないアニマル・スピリッツ(投資意欲)を引き起こすことはないだろう。加えて、経済活動に伴い企業収益とキャッシュフローの成長は期待されるが、多くの資産においてバリュエーションが重石となっていると考えられる。
それでも、市場は既に最高値に到達したと見るべきではない。1970年以来、米国経済は41回の景気後退ではない年を経験しているが、その内、株式のトータル・リターンがマイナスとなったのは僅か5回である。歴史は、経済が成長している際は、株式は10回中9回は上昇する可能性を示唆している。
アセット・アロケーションの課題は、株式市場、クレジット市場や債券市場において、どのようにリスク配分のバランスを取るか、そしてグローバル経済全体で政策の違いをどのように捉えるかである。当チームの見解では、株式は主に米国に焦点を当てるべきであると考える。また、バリュエーションには割高感がある一方で、債券全体でみると、クレジットの最終利回りは高く、金融政策を考慮すると、債券全体の配分は中立並みが適切だと考える。
当チームでは引き続き株式をオーバーウェイトとし、特に米国株式を選好する。経済成長が緩やかになり、利益率がピークに達している中で、S&P500指数の利益成長率は2024年の11%から2025年は8%に鈍化すると予想する。S&P500指数のバリュエーションは予想PER(株価収益率)で約21倍であるため、今後数四半期は控えめな上昇率となると見ている。当チームの見解では、2025年に財消費のサイクルが活発化する場合、上振れリスクがあると見ている。また、企業のバランスシートとキャッシュフローは引き続き株価の支援材料となるため、株式は市場の調整時に積み増す方針を維持する。
主に米国株式市場において株式の集中度の高まりが見られるが、大型テクノロジーセクターには独自の構造的優位性があると考える。AI(人工知能)の広範な使用はまだ初期段階にあり、テクノロジーセクターは政府からも支援を受け、競争優位にあると考える。最大手のテクノロジー企業のフリーキャッシュフローは年率約25%で成長している。2025年を通じて、テクノロジーセクターの収益見通しは良好なことから、当チームのS&P500指数における利益率と企業収益予想は上振れる可能性がある。
その他の国・地域では、日本と新興国(除く中国)の株式を選好し、欧州と中国の株式には懐疑的な見方を持っている。日本では、最近の株式市場のボラティリティと円高が進行したにも関わらず、企業の利益見通しとコーポレートガバナンス改革の改善により更なる上昇余地があると考える。中国を除く新興国株式は、魅力的なテクノロジー企業、収益トレンドの改善、FRBの利下げサイクルなどが支援材料になると考える。対照的に、ユーロ圏の株式は軟調な製造業の景気サイクルがリターンの重石となると見る。中国株式はバリュエーション面では割安なものの、国内のデフレ環境が懸念材料になると見ている。
全ての地域において、株式の銘柄選択が有意義なアルファを提供する余地が大きいと見ている。金融政策の変化は、投資と景気循環の観点から銘柄選択の余地を生み出し、当チームのマルチ・アセットのポートフォリオにおける各資産クラスのポートフォリオ・マネジャーにより、魅力的な投資機会を捉えることができると考える。当チームがあまり好まない地域については、指数レベルの投資比率に抑えるものの、高クオリティの企業を選好する。
一見すると、米国ハイ・イールド社債のクレジット・スプレッドは約3%と比較的タイトな水準にあるが、景気サイクルが延伸され、デフォルト率が引き続き低下する中で、スプレッドは更に縮小する可能性があると考えている。米国ハイ・イールド社債の最終利回りは約7%と魅力的であり、新発債市場での強い需要が米国ハイ・イールド社債のリターンを支えると見る。クレジット投資家の最大の懸念は経済が景気後退に陥るリスクである。しかし、現在の市場環境において、景気後退の兆候は見られないため、クレジットは、資本構造の上位にありながらも、今後2-3四半期において株式並みのリターンを提供する可能性があると考える。
債券は複数の逆風に直面している。利下げサイクルと成長の緩やかな鈍化はデュレーションのサポート要因となるほか、株式と債券の相関が低下することで、債券がポートフォリオにおいて再びヘッジの役割を果たすことを示唆すると考える。しかし、インフレ率がFRBの目標を上回っていることや、労働市場に緩みがほとんどないことを考慮すると、現在の米国10年債利回り3.75%の水準は魅力的な水準ではないと考える。景気サイクルが延伸する場合、利回りは4%に近づくことが適切だと見る。この結果、デュレーションに対して中立の見方を持つが、経済成長がより鈍化している欧州の中核国や、金利低下の影響が最も顕著な米国の短期債には投資妙味があると考える。
主要経済圏での金融緩和政策のペースの違いは、外国為替市場において連鎖反応をもたらす。米ドルはほとんどの指標で割高感があることを示唆するが、各地域・国との経済成長の格差が米ドルを支え続けると考える。一方、ユーロは経済成長の弱さとハト派的な欧州中央銀行が下落圧力となる可能性があり、日本円は日銀の金融政策の引き締めが下支えすると考える。したがって、米ドルは中立からやや選好する見方を持ち、短期的にはユーロ・ショート/円・ロングに妙味があると考える。
総括すると、潜在成長率に近い経済成長への回帰と景気サイクルの延伸に対する当チームの確信度が高まっている。FRBが徐々に金融政策を緩和する中で、リスク資産のリターンは控えめなものではあるが、プラスを予想する。また、リスク資産の調整時には迅速に買い戻されると見ている。グローバル経済に対するリスクは引き続き財消費のサイクルの弱さから発生するが、現時点では堅調な消費が経済活動を支えると考える。財消費サイクルの回復は2025年に先送りされる可能性があるものの、FRBが金融緩和政策を開始した中、経済と市場は堅実な基盤を有すると考える。
マルチ・アセット・ソリューションズ:主要な洞察と「ビッグ・アイディア」
今回のストラテジー・サミットにて詳細に議論された主要な洞察と「ビッグ・アイディア」は以下の通りとなっている。これらは、マルチ・アセット・ソリューションズのポートフォリオ・マネジャーとリサーチ・チームのコアの見方を反映したものであり、また、議論の土台となる共通認識となり当チームのアセット・アロケーションの議論において定期的に再検証されるものである。当チームでは、これらの「ビッグ・アイディア」を活用して、ポートフォリオのバイアスを確認し、また、全てのポートフォリオにこのアイディアが反映されていることを確認している。
- 米国の経済成長は今後数四半期において潜在成長率並みに戻り、欧州、アジアは緩やかに改善し始める中で、グローバル経済は底堅い。景気サイクルは延伸され、景気後退リスクは限定的
- FRBによる利下げサイクルが開始され、FRBはデュアル・マンデートにおいて、労働市場の安定に重点を置く
- 金利は取引レンジの下限に低下する中、現時点ではデュレーションに対して中立の見方を持つ
- 景気後退リスクが抑制されている中、クレジット資産に妙味。デフォルト率の更なる低下を背景にスプレッドの縮小余地があり、キャリーは魅力的な水準
- 中期的には収益成長に支えられて株式に上昇余地があるが、短期的にはバリュエーションが逆風となる
- クオリティやキャッシュ創出力の観点で米国株式を選好。円高は進んだものの、バリュエーションの拡大余地から日本株式に妙味
- 主なリスクとしては、インフレ率の上昇や賃金の再加速によりFRBが利下げを一時停止又は遅らせること、貿易摩擦、労働市場の弱さ、及び融資基準の急激な厳格化