要旨
- 2026年の米国および世界の経済はセンチメントの改善、財政政策、金利低下などを背景に底堅く推移すると見ている。インフレは今後12ヵ月で鈍化する可能性が高い。
- 当チームでは、リスク選好姿勢をとっており、株式をオーバーウェイトとしている。ただしクレジット資産はスプレッドがタイトなため中立とする。超大型テクノロジー企業は引き続き利益とキャッシュフローの面でリードし続ける見込み。
- 日本株式や香港株式、英国株式を選好する一方、カナダ株式やオーストラリア株式を弱気にみている。欧州株式にも上昇余地があると見ており、ユーロはオーバーウェイトとしている。
- 米国の金利低下と世界経済の成長は、米ドル安と米国債のスティープ化につながる見込み。イタリア国債と英国債をオーバーウェイトとする一方、円債をアンダーウェイトとする。
世界経済は不安定なニュースを乗り越える
視点によって見方は大きく変わる。雇用動態調査(JOLTS)1求人件数(2022年3月のピークから40%減少)や建設支出(前年比-2.8%、パンデミック時の最低水準をわずかに上回る程度)などの指標に注目する投資家は、経済の失速を懸念する可能性がある一方、米国の企業収益(S&P500の利益は10%超の成長)や消費(8月の実質個人消費は年率換算で4.9%増)に目を向ける投資家は、より楽観的であると見ている。
今年の不安定なニュースはセンチメントに影響を与え、雇用や設備投資の意思決定を鈍らせることに繋がったものの、経済そのものを低迷させることにはならなかった。2026年末には米国経済は潜在成長率をやや上回る水準で推移すると見ており(2026年第4四半期のGDPは前期比年率2.2%と推計2)、財政刺激策や金融緩和の効果が表れると考えている。消費者のセンチメントは依然としてパンデミック後の最低水準に近いものの、雇用市場が安定すればこれは改善すると見ている。J.P.モルガン独自のChaseデータ3によると、消費者は、より大きな裁量的支出に踏み切る兆しが見られ、経済の勢いが加速する可能性を示唆している。
関税の影響は残るものの、経済は4月の「解放の日」による当初のショックからすでに立ち直ったと考えている。関税は年末まで米国のインフレを高止まりさせる要因となるものの、米連邦準備制度理事会(FRB)は労働市場のさらなる悪化を防ぐため、利下げを前倒しで実施している。当チームでは、2025年にあと2回、2026年にさらに1回の利下げを予想しており、政策金利は3.5%まで低下すると見込んでいる。移民政策が労働供給の伸びを抑制し続ける中でも、この見通しは変わらない。
米国外では、関税の影響はむしろディスインフレ圧力となっている。欧州では、2026年にドイツの大規模な財政刺激策が経済を押し上げる中でも、実質金利はゼロ近辺に維持できると見込んでいる。財政刺激策や金融緩和策に加えて、2025年に見られたマネタリーベースの加速は、ユーロ圏経済にとって強力な追い風となっている。
アジアでは、中国の政策金利は依然として景気刺激的な水準にある。不動産セクターへの懸念が残るものの、個人消費が中国の経済を支えると見ており、2026年のGDP成長率は前年比4.4%と予想している。日本では、堅調な賃金上昇と力強い内需を背景に、日本銀行(BoJ)は2026年末までに政策金利を1.0%まで引き上げる可能性が高いと考える。
リスク資産はバリュエーション懸念を乗り越え上昇
ポートフォリオにおいては、世界経済に対する前向きな見方からリスク選好の姿勢をとっている。株式はオーバーウェイトとしているものの、クレジット資産はスプレッドが今景気サイクルにおける最もタイトな水準に近づいているため、概ね中立としている。デュレーションについてはややオーバーウェイトであるものの、イールドカーブのスティープ化の継続に対する確信度は高い。
当チームの定量モデルもリスク志向を示している。現金対比でのグローバル株式の定量モデルは年央にポジティブに転じて改善が続き、モメンタム、クオリティ、ファンダメンタルズなどのファクターがバリュエーションによる重石を相殺している。現金対比での債券定量モデルは、主に実質利回りの観点からデュレーションをややオーバーウェイトとしている。
定性面と定量面、そして双方を踏まえた総合的な当チームの見解はいずれも「ファンダメンタルズは健全だが、バリュエーションが逆風」ということで一致している。経済成長の上振れリスクも想定される中、ファンダメンタルズが支援材料になると考えている。ただし、高いバリュエーションがポジションを抑制しており、相対価値(RV)の重要性が高まっている。
米国株式のバリュエーションは高いものの、ファンダメンタルズの見通しは過去最高である。そのため、セクター選択を慎重に行っている。Mag-74と呼ばれる超大型テクノロジー企業の株価は4月以降急回復しているものの、バリュエーションは2025年のピークを下回る水準で取引されており、力強い利益とキャッシュフローの成長を継続している。また、堅調な経済は金融セクターにも追い風になると見ている。一方、生活必需品や素材セクターは、売上や利益率の見通しが低調であることから慎重に見ている。
米国外では、日本株式や香港株式、英国株式を選好し、カナダ株式とオーストラリア株式はアンダーウェイトとしている。日本は堅調な業績の上方修正が支えとなり、テック比率の高い香港ハンセン指数5は中国の見通し改善が追い風となっている。英国株式は定量モデルで割安と判断され、投資妙味がある。対照的に、カナダ株式とオーストラリア株式は割高に見える。欧州株式も引き続き前向きな見方をしているものの、現時点ではユーロのロングポジションやイタリア国債でそれを表現している。
定量モデルはクレジット資産にもややポジティブであるものの、ハイ・イールド債券と投資適格社債の両方でスプレッドがタイトなことから慎重に見ている。株式は成長の上振れサプライズの恩恵を受けやすいと考えているが、クレジット資産の中では新興国債券への前向きな見方が高まっており、米ドル安も追い風となる可能性がある。
すべての道は米ドル安に通ずる
金融市場全体における「米国売り」の動きは見られないが、政策担当者は米ドル安には比較的寛容な姿勢を示しているようである。米国の金利低下、財政赤字拡大につながる法案、そして世界経済の改善は、米ドルのさらなる下落を示唆している。当チームでは、米ドルのショートとユーロやノルウェー・クローネのロングの組み合わせを推奨する。
米ドルへの圧力に加え、FRBの利下げサイクルの加速を受けて、イールドカーブのスティープ化バイアスを維持している。インフレ懸念が残ることから、米国10年国債利回りは3.75%から4.50%のレンジにとどまり、短期金利は3.50%に向かって低下する見通しである。そのため、米国債イールドカーブの短期ゾーンを相対的に選好する一方、長期ゾーンは慎重に見ている。
グローバル国債市場では、相対価値(RV)に魅力的な機会が見られる。ポートフォリオでは、ドイツ国債をアンダーウェイトとする一方、イタリア国債をオーバーウェイトしており、欧州の成長加速に伴い対独スプレッドがさらに縮小すると予測している。英国債は、財政持続性への懸念から軟調に推移しているものの、これらは過大に懸念されている側面があり、加えて利下げが支援材料となる可能性もあると見ている。一方、日本では内需の力強さを背景に金利が上昇しており、日本国債のイールドカーブ全体がさらに弱含むと見ている。
オルタナティブ資産は、流動性の低い資産クラスを保有できるポートフォリオにおいて、引き続き魅力的な収益源となる。前向きな見通しのもと、プライベート・クレジットには引き続き投資機会を見出しており、不動産についても楽観的な見方を強めている。実物資産のインフレ連動性は、インフレがFRBの目標を上回る局面でポートフォリオの耐性を高める。
要するに、定性、定量モデルともにリスク選好の姿勢を支持しており、前回のストラテジー・サミット以降、見通しに対する確信度も高まっている。インフレの持続は長期債に逆風となるものの、全体としては今後数四半期にわたって投資家にとって前向きな環境が続くと見ている。バリュエーションが将来のリターンの重石となる点も認識しつつ、この前向きな見通しのもと、選別した地域の株式エクスポージャーを増やす方針。
1 米労働統計局による雇用動態調査
2 季節調整済み年率換算
3 米国のJPMorgan Chaseのリテール顧客全体における消費および貯蓄パターンを、完全に匿名化したデータセット
4 “Mag-7” またはMagnificent 7 とは、米国の超大型テクノロジー銘柄を指す。具体的には、 Alphabet, Amazon, Apple, Meta, Microsoft, Nvidia, そして Teslaが含まれる。個別銘柄の推奨ではありません。
5 香港ハンセン指数は香港株式市場の代表的なベンチマーク指数
マルチ・アセット・ソリューションズ:主要な洞察と「ビッグ・アイディア」
今回のストラテジー・サミットにて詳細に議論された主要な洞察と「ビッグ・アイディア」は以下の通りとなっている。これらは、マルチ・アセット・ソリューションズのポートフォリオ・マネジャーとリサーチ・チームのコアの見方を反映したものであり、また、議論の土台となる共通認識となり当チームのアセット・アロケーションの議論において定期的に再検証されるものである。当チームでは、これらの「ビッグ・アイディア」を活用して、ポートフォリオのバイアスを確認し、また、全てのポートフォリオにこのアイディアが反映されていることを確認している。
- 米国経済は金利低下と財政刺激策により2026年に再加速すると予想している。景気サイクルの延伸余地があり、関税への政策対応を踏まえ、世界的な成長リスクは上方(上振れリスク)に傾いている。
- 米国のインフレは目標を上回っているものの、FRBは労働市場の軟化に対応し、よりハト派的な姿勢に転じている。2025年に2回、2026年にさらに1回の利下げを見込んでいる。
- 米国10年国債利回りは3.75%から4.50%のレンジで推移し、イールドカーブはスティープ化バイアスがある。デュレーション全体としてややロングし、日本国債やドイツ国債よりもイタリア国債と英国債を選好している。
- ハイ・イールド債券の最終利回りは約7%で、デフォルト率も低くクレジット資産を支えているものの、スプレッドのさらなる縮小余地は限られており、クレジット資産には中立的な姿勢。
- 来年には成長が潜在成長率近辺まで回復する可能性があり、業績の上方修正も見られるため、株式はややオーバーウェイト。リスク選好の姿勢に対する確信度も高まっている。
- 米国株式における超大型テクノロジー企業は上振れリスクであり、堅調な利益成長が見込まれる。グローバルでは、日本株式や新興国株式、香港株式をカナダ株式やオーストラリア株式よりも選好している。
- インフレの持続と実物資産の見通し改善を踏まえ、不動産は魅力的な分散投資先。プライベート・クレジットも引き続き重要な分散投資先と考えている。
- 主なリスクは、インフレの再加速が長引くこと、FRBの過度なタカ派姿勢、関税、労働市場の弱さ、融資基準の急激な厳格化。