Guide to the Marketsで解説!米国の労働市場は大丈夫? 労働市場の弱さを市場が軽視している背景は?
<要旨>
- 足元の弱い米雇用の伸びは、需要要因のみならず供給要因も影響している点が特徴的です。大規模な解雇は起きておらず、来年にかけても起こらないとの見方が現時点では優勢になっています。
- 雇用の伸びは弱いものの、より注目度が高い失業率は安定しています。その結果、昨夏の「米雇用統計ショック」時とは異なり、サーム・ルールが米景気後退のサインを発していないことが投資家の安心感に繋がっています。
- 労働市場関連以外では予想より強い経済指標が続出したため、「総合的に見れば米国経済は強い」との印象が広がりました。
- 企業業績見通しも力強いため、エコノミストや投資家は「企業業績(特に利益率)の悪化→雇用や設備投資のカット→景気後退」という典型的な悪化パターンを想定しづらく、足元の雇用統計の弱さは一時的なものと判断している可能性があります。
Guide to the Markets 2025年10-12月期版で解説『米国:労働市場』
上記の図表の【右下】は、米国の雇用者数の伸びを示しています。8月に発表された7月の米雇用統計では、非農業部門の雇用者数の伸びが市場予想を下回り、5-6月の伸びも大幅な下方修正が入ったことから、「ミニショック」が生じました。しかし、足元の雇用の伸びの弱さについては、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長が言及している通り、需要要因だけではなく、【右上】の労働力の増減数で示されているように、米国外生まれ(=移民)の労働力減少などの供給要因も影響しており、大規模な解雇は生じていないことから、過度な懸念には至っていません。仮にこれから解雇が急増し、雇用の伸びが過去の景気後退時のようにどんどんマイナス圏を深掘るようだとハードランディング懸念が強まりますが、足元のコンセンサス予想はそのような見方にはなっていません。実際に雇用の伸びのエコノミスト予想集計値(→四半期ベース、3ヵ月間の平均値)を【右下】の灰色点線部分で確認してみると、①来年の第2四半期までは10万人割れであるもののプラス圏を維持し、②来年の第3四半期以降は10万人以上に回復することが見込まれています。
上記の通り、最近の雇用の伸びの弱さには供給要因も絡んでいるため、投資家は通常時よりも失業率を注視しています。そこで【左】で失業率の動向を見てみると、足元は4.3%まで上昇しているとはいえ、そのペースが緩やかであるため、直近のサーム・ルール1の値も0.1ポイントと低水準で、米景気後退のサインを発していないことが投資家の安心感に繋がっています。なお、【左】の紺色の点線で示している今後の失業率のエコノミスト予想集計値(四半期ベース、3ヵ月間の平均値)を見ると、雇用の伸びと同様、現時点では米国の景気後退を想起させるような見通しにはなっていません。
1 直近3ヵ月間の平均失業率と過去1年間の失業率の最低値との差が0.5ポイント以上になった場合、景気後退入りしたとするもの。
Guide to the Markets 2025年10-12月期版で解説『世界のファンダメンタルズ:景況感と企業業績見通し』
これまで確認してきた通り、足元の米労働市場の弱さは、市場ではある程度軽視されているようですが、それはなぜでしょうか。その背景の一つとして考えられるのは、雇用関連以外の幅広い各種データが悪くないということでしょう。上記の図表の【右下】は、米経済指標の上振れ・下振れ傾向を表す米エコノミック・サプライズ指数です。エコノミック・サプライズ指数は、発表された経済指標が市場予想を上回るほどプラス方向に動き、逆に市場予想を下回るほどマイナス方向に動きます。同指数を見ると、今年の2月中旬から7月初旬まではマイナス圏で推移していたものの、7月中旬以降はプラス圏を維持しており、「トランプ政策が経済に与える悪影響は想定よりも限定的」という状態が続いています。底堅さを確認できるデータは色々ありますが、以下では米国を含む世界主要国・地域のソフトデータ(景況感)や企業業績見通しに注目します。
上記の図表の【左下】は、景気の先行指標として注目される主要国・地域の総合PMI(購買担当者景気指数)を示していますが、日米欧中すべてで景況感の改善と悪化の分かれ目である50を上回っており、中でも米国の高水準が際立っていることが分かります。また、【右上】で日米欧と新興国の予想1株利益(EPS、12ヵ月先)の動向を見ても、米国を筆頭に改善基調にあります。一般的には、足元のように企業業績見通しが堅調で利益率の急速な悪化も見込まれない状況下では、企業が急速に雇用を減らすことで景気後退を招く展開は想像しにくいため、このような点も最近の弱い雇用関連指標の軽視に繋がっていると考えられます。